■連載/あるあるビジネス処方箋
今年も終わりつつある。読者諸氏の皆様、ありがとうございました。今回は、この1年間の仕事を振り返り、強く思ったことを紹介したい。結論から言えば、就職を控えた読者諸氏は新卒時の入社の難易度がある一定のライン以上の会社に何が何でも入るべきと強く言いたい。
その場合の「ライン」とは、新卒時の入社の難易度が業界で上位5番以内の大企業か、全ベンチャー企業の中で業績、知名度、ブランド力が上位30番以内のメガベンチャー企業だ。これらは総じて、一流企業と言えるだろう。
そこまで言いきるのには、根拠がある。私がフリーになったのは、2005年末。
当時から出版、IT、新聞業界の企業や団体と仕事をする。これらの担当者と組んで雑誌や書籍、ウェブサイト、冊子を作る。私は主に取材し、書く立場になる。
約15年間で110人前後の担当者と仕事をした。例えば、出版やITで言えば、新卒採用試験の難易度(エントリー者数、内定者数、公開されている試験問題、採用試験の流れなどを総合的に捉えたもの)が業界で上位5番以内と、それより下のランクの企業の担当者の仕事力の差はあまりにも大きい。言葉が出ないほどに驚くことが多い。特に以下の3つの点だ。
1、 処理能力
2、 仕事をするうえでの責任感、使命感、規律
3、 仕事をする際に守るべくルールや合意事項、約束への姿勢
1の「処理能力」とは、時間内で仕事を確実に、正確に、迅速に処理する力を意味する。例えば、基本的な作業として電話やメールが挙げられる。上位5番以内の企業の担当者のメールのレスポンスは総じて早い。一読して文意をつかみやすく、何を言っているのか、言いたいのかがすぐに理解できる。全体のトーンが丁寧で、知的で誠実な印象を受ける。実際のところはともかく、柔らかい感じの人柄がするのだ。
一方、入社の難易度が中位以下の企業の担当者のメールは総じてレスポンスが遅い。文面が雑な印象を受ける。ところどころの表現や言葉が攻撃的であったり、説教口調になったりする。上から見下ろすトーンの場合も少なくない。こちらを挑発したり、ケンカをふっかけてきたりする文面もあった。書いてはいけないこと、書かなくともいいことを書く傾向がある。
これらは、電話の応対でもおおむね言える。打ち合わせの際、上位5番以内の企業の担当者の半数以上は、事前に予習や段取りをしたかに見える。打ち合わせの時は時間内にポイントを押さえた形でスムーズに進むことが多い。笑いを取るところも、リハーサルをしたかに見える場合がある。
それに対し、中位以下の企業の担当者の9割以上はぶっつけ本番で打ち合わせに臨んでいる感じがする。上司も、それを指摘していないようだ。打ち合わせ全体を通じて、担当者は要領を得ない。得てして長時間となり、回数も多くなる。同じ内容の打ち合わせを何度も繰り返す傾向がある。そのことに問題意識はあまりないようだ。こちらからすると、時間が惜しくて仕方がない。
これらの差が生じる大きな理由の1つにはおそらく、基礎学力の差があると思う。特に小中高の国語教育で学ぶ「読むこと」「書くこと」「話すこと・聞くこと」の力の差だと私はみている。上位5番以内の企業の担当者は、比較相対的に高学歴層が多い。「読むこと」「書くこと」「話すこと・聞くこと」の力をしっかりと兼ね備えた人が多いのではないだろうか。
入社後、一部の例外を除き、総じて優秀な社員に混ざり、昇進・昇格の競争をする。定着率は同一業界の中位以下の企業よりははるかに高く、密度の濃い競争の空間がある。人事異動や配置転換が定期にあり、おのずと社員間で「優劣」を意識し、仕事をしていかざるを得ない傾向がある。結果として、真剣に仕事をすることが多いために「読むこと」「書くこと」「話すこと・聞くこと」の力はさらにバージョンアップする機会が増える。その蓄積が、高い処理能力を形作るのだと私は思う。
1の処理能力が高い人は、得てして仕事への責任感や使命感、規律を持ち合わせている。責任感や使命感、規律心があるからこそ、小中高で勉強熱心で成績がよく、入学難易度が一定レベル以上の大学に進学したのではないかと思う。そして業界で上位5番以内の企業に入り、さらに責任感や使命感、規律心をより強くする。
1の処理能力が高いと、仕事の達成感ややりがいを感じる機会が増えるはずだ。
上司や周囲の社員、クライアントや取引先からも高い評価を受けることがある
だろう。それらが繰り返されると、責任感や使命感、規律心がますます強くなるのだと思う。業界中位以下の企業の社員は、こういうことを感じ取る機会はおそらく少ないのでないだろうか。他人に攻撃的な内容や尊大な印象を与える文面、挑発するかのような内容がメールに目立つのも、責任感や使命感、規律心が希薄だからではないか、と私は観察している。
責任感や使命感、規律心は、仕事をする際に守るべくルールや合意事項、約束への姿勢と表裏一体のものだ。私はこの15年間、業界中位以下の企業の担当者と仕事をする際に、心から滅入ったことが多い。電話やメールのやりとりがスムーズになかなかできない。「意思疎通をするのは、こんなに難しいのか」と思う機会が多い。困り果てて、放心状態になることもある。
絶望的な思いになるのは、私に払うべき報酬(原稿料など)の社内手続きを忘れるケースが多いことだ。このトラブルになるのは、この15年間ではほぼ全員が中位以下の企業の担当者である。ふだんから、物忘れの傾向があるのだ。メールのやりとりや打ち合わせの合意事項も、次々と忘れていく。嘘のような、本当の話なのだ。こちらは空しくなり、やる気をなくすこともある。
業界で5番以内の企業に現時点で在籍する読者がここまでを読むと、こんな職場は本当にあるのだろうか、と疑問に感じるのかもしれない。だが、事実なのだ。同一業界であろうとも、上位5番以内と中位以下は別世界である。
就職を控えた読者諸氏は可能ならば、上位5番以内の企業になんとか入るべきことをしつこく促したい。見習う社員や刺激を受ける社員が多いはずだ。人が成長するうえで環境は恐ろしいほどに大切だ。これから会社員人生が始まる読者には、損をしてほしくない。上位5番以内の企業の採用試験に果敢に挑戦をしてほしい。
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文/吉田典史