■連載/あるあるビジネス処方箋
前回、中小企業の社長が社員(一般職)の仕事の隅々まで確認するために混乱が起きていることを取り上げた。くわしくは、前回の記事をご覧いただきたい。
あらためて補足しよう。この会社の場合、社員からすると、社長、役員や部長、課長など4人の上司がいて、誰の指示に従っていいのかわからなくなっていた。一般職の社員はムリ、ムダ、ムラが多くなり、労働時間が膨れあがり、精神的に肉体的に疲弊していく。そのことを上司に訴えようとする。だが、誰が上司であるのか、わからない。
社長や役員、部長、課長の4人が上司となり、1人の社員に様々な意見や指摘をする。4人の間で意見調整をしない。最大の問題は、社長が役員、部長、課長を無視して、個々の社員に意見や指摘をしていることだ。仕事を効率よく進める、いわゆる仕組みを作っていないのだ。社内でそれを言えるのは誰もいない。
大企業の社員からすると、こういう混乱は信じがたいかもしれない。だが、中小企業(この場合は正社員300人以下とする)には少なからず存在する。私の取材を通じての実感で言えば、2社に1社の割合で起きている。一言で言えば、組織が未熟であるがために必然的に起きるのだ。社長や役員、部長、課長の役割分担と権限、責任の委譲がほとんどできていない。そもそもが、上司たちが部下育成のノウハウをほぼまったく心得ていない。
致命的なのが、社長や役員、部長、課長が大企業のようにシステムマチックに社内全体を、各部署を動かした経験やそのノウハウを持ち合わせていないことだ。だからこそ、私は「構造的な問題」として捉えている。社員の質うんぬんの問題ではない。上司たちと社員のウマが合う、合わないといった見方もずれている。ところが、このような会社は得てして個々の社員の問題、例えば、勤務態度がいいとか、悪いといった次元にすり替える。だからこそ、問題が問題として残る。新聞やテレビ、雑誌やネットニュースはこういう問題をほとんど報じない。
今回は、前回に引き続き、中小企業の部下育成でよく見かける事例、特に前述の「構造的な問題」によるケースを紹介したい。これは15年程前に取材し、その後、10年程前にも取材した教材会社(小中高校の教材の編集制作販売)で起きていた問題である。在籍者によると、今なお、形を変えて存在するという。
ワンマンツーボスの問題
正社員は、150人程。創業50年を超える。教材開発部は部長以下、課長、一般職5人の計7人。問題は、部長と課長との確執だ。部長は40代後半の男性で、課長は50代半ばの女性。
通常、大企業の場合、次のような指揮命令系統になる。部長と課長の双方で部署の運営や部署全体の仕事、5人の担当の仕事、それぞれの権限と責任、報告・連絡・相談の仕方を詰めて、部署内で合意形成を図る。
この中小企業は、特に報告・連絡・相談に致命的な問題が生じていた。例えば、部長、課長の2人の上司が、1つの仕事について5人に別々に違う内容の指示をすると、5人はわけがわからない。どちらの指示に従えばいいのか、見当がつかないのだ。いわゆる、「ワンマンツーボスの問題」と言える。
部長は、社内でも有名な仕切りたがり屋のようだった。資産家の一人息子として生まれ、極端に甘やかされ、育ったからなのか、あらゆるものを思うままに動かそうとするのだという。年下の上司である課長に一応は遠慮する。ところが、課長が自席を外したり、休んだりすると、一般職の社員5人それぞれに指示をして、その仕事につき、報告をしつこく求める。
本来、指揮命令系統を混乱させないために、部長から課長へ、といったルートは守らないといけない。だが、部長自らそれを破壊する。そして、課長がいないところで、5人に課長への不満を言いまくる。「あの人は、自分(部長)に報告をしない」「年下の自分をなめている」…。
これらが課長の耳に入り、へそを曲げる。課長はますます、部長を退ける。部長は一段と仕切ろうとして、介入を繰り返す。5人は部長と課長から指示を受け、指揮命令系統が大きく混乱する中、通常の倍近くの仕事をせざるを得ない。
こんな職場で働かざるを得ない場合、まず、5人はスクラムを組んで、課長と部長に伝えよう。「自分たちは、2人の上司の狭間で迷惑をしている」と事実に即して言うのだ。1人では避けたほうがいい。徒党を組むのだ。1人で言えば、無責任な上司たちだからいいように丸め込まれる。そして、課長からの指示にのみ従うのだ。部長から指示を言われたら、「まずは、課長と話し合ってください」と勇気を持ち、きっぱりと断りたい。
問題は2人の上司にあるのであり、一般職ではない。5人がどうすることもできないのだ。そもそも、管理職の権限はなく、手当ももらっていない。苦しむのが、5人であっていいわけがない。
おそらく、2人の上司はあの手この手で責任を放棄し、向かい合うのを避けるだろう。指揮命令系統が混乱する問題は、必ず残り続けるはずだ。実際のところ、この会社は10年後の今、2人の上司はもういないものの、形を変えて指揮命令系統は混乱し、錯綜しているという。つまり、「構造的な問題」であるのだ。組織が未熟であり、大企業のようにはなっていないのだろう。
賢明な人は、こういう会社を自分の力で変えようなんて思わないほうがいい。当面は上司らと摩擦を起こさずに毎月の安定したサラリーを得よう。水面下で転職先を見つけ、タイミングよく、会社を離れることだ。残念だが、この類の会社はいつまでも変わらない。あなたの貴重な人生の時間は無駄に使わないほうがいい。ダメな会社は変わらないのだ。
新卒、中途ともに採用試験があったとしても、入社することを私はお勧めしない。入社し、数年以内に苦しむのが目に見えているからだ。本連載の次の記事をお読みいただくと、新卒、中途採用や人材育成の実態や問題点をご理解いただけると思う。
・なぜ、企業は中途採用社員を定着させる努力をしないのか?
・「部下のいない管理職」はある意味、特殊な人材なのか?
・「部下のいない管理職」とはいったい何者か?
・「コロナ禍で大企業の社員がたくさん辞めている」という噂を検証する
・一流企業やメガベンチャーの社員が総じて優秀な理由
・「大企業の社員がたくさん辞めている」という噂は本当か?
・なぜ、新卒のエントリー者数が増えるほど会社は強くなるのか?
・一流企業やメガベンチャーは、なぜ新卒採用にこだわるのか?
・なぜ、一流企業やメガベンチャーは「通年採用」に消極的なのか?
・なぜ、一流企業やメガベンチャーの新卒採用は優れているのか?
・なぜ、社員1名を採用するのに応募者1名だけではダメなのか?
文/吉田典史