■連載/あるあるビジネス処方箋
前々回の「中小企業の管理職の部下育成力が低いといわれる理由」、前回の「なぜ、企業は中途採用社員を定着させる努力をしないのか?」で、企業の人材育成の問題を取り上げた。
今回は、中小企業(この場合は、正社員数で300人程以下とする)で部下育成がなかなかできない社長、役員や管理職について、私の考えを紹介したい。結論から言えば、私がこの30年程に取材で接した中小企業の社長、役員や管理職の半数程が部下を我が子のように真剣に育て上げようとは考えていないように見えた。
特に目立つのは、部下にきちんとした仕事やそれに伴う権限と責任を与えないことだ。若しくはすべてを任せる、いわゆる丸投げをしていることだ。次の2つは、キーワードだ。上司の部下育成力を見るときのバロメーターになるので、心得ておきたい。部下育成ができない社長、役員や管理職は、この2つがとにかく苦手だ。
・権限と責任を与えない
・丸投げ
私が取材をした中で、特に印象に残っている事例を挙げよう。この事例は、すべてを掌握しようとする社長(社員数15人、旅行代理店)のことである。
40代前半の男性の社長は、社員15人のすべての仕事に口を出す。社内には、営業、総務(人事、経理、広報など)などの部署があり、それぞれに課長、部長、担当役員がいる。本来は、社員(一般職)の仕事をまずは課長が確認し、そこで終えるパターンが多いはずだ。せいぜい、部長で終えるべきだろう。そうでないと、何のための課長、部長であるのかわからない。
ところが、この会社は課長から部長へ、そこから役員へ、さらには社長にまで見せる。4年前の取材の時に、社長は「自分が見ないと、怖い。責任を負えない」と答えていた。社長がすべてを掌握しようとするから、役員は部長に、部長は課長に、課長は一般職に仕事の隅々にわたるまでの報告を求める。重要な案件ならばともかく、大半の案件についてこのパターンとなる。毎度、「課長から部長へ、そこから役員へ、さらには社長」となるのだ。
しかも、課長、部長、役員、社長のそれぞれのところで仕事についての意見や考えが違う。4人がチェックし、フィードバックする内容も異なる。マネジメントが一定水準以上の会社ならば、ここで課長、部長、役員、社長の間ですり合わせをする。そうしないと、4人のフィードバックが一気に本人(一般職)にいく。フィードバックをすべて反映し、修正しようとすると、4人の指摘がバラバラであり、1つにまとめることができないはずだ。これは裏を返すと、仕事を一般職の社員に丸投げしているとも言えるだろう。
本人は困り果てて、4人それぞれに相談すると、「自分で考えるように」と突き放されるのではないか。課長、部長、役員は社長に遠慮し、何も言わないようだ。社長は忙しく、自席にいない。ところが、必ず、修正を反映したものを自分に見せるように指示するようだ。しかも本人が修正したものをまた、課長、部長、役員、社長の順に見せないといけない。
この調子で、一般職はムリ、ムダ、ムラの塊の中で仕事をせざるを得ない。社長は毎日、営業、総務(人事、経理、広報など)の案件を大量に抱え込む。おのずと、一般職や管理職、役員らの仕事のスピードも大幅に遅れる。すべてに社長が確認し、承認を受けることが大切だからだ。
社長の「自分が見ないと、怖い。責任を負えない」といった言葉に悪びれたものはなかった。むしろ、自信に満ちていた。「デキの悪い社員の面倒をみてやらないといけない」といった雰囲気だった。一般職の社員たちの心をいかに踏みにじっているか、あるいは課長、部長、役員のメンツやプライドをいかに傷つけているか、をまるで考えていないようだった。ひたすら、「常に社長である自分は正しい」「俺の会社だ。俺の好きなようにする」と言わんばかりに私には見えた。
これは4年前に取材をした会社だが、最近、Facebookで確認すると、15人のうち、半数近くが退職している。社員全員が映った集合写真でそれがわかる。辞めていくのはある意味で当然に見える。売上はホームページで公開はしていない。おそらく、10億円以下だろう。
こういう会社が仮に社員の募集をしていても、読者諸氏は新卒、中途採用ともに試験を受けないほうがいいのかもしれない。入社したところで、自尊心を傷つけられ、無念な思いで数年以内に退職する可能性が高い。ここには課長、部長、役員、社長の役割分担や権限と責任の委譲はまるでない。社長が個人事業主に近いスタイルですべてを仕切る。こういう中で、実際のところ、一般職が経験や場数を積んでも確実な仕事力を身に付けるのは難しいだろう。
あなたが仮に現時点で失業中の身だとすると、「できるだけ早く就職したい。だから、とりあえず入れる会社に…」と思うのかもしれない。それはわからないでもないが、こらえたほうがいいのではないだろうか。こういう会社に入社したところで、むしろ、精神的に大きなダメージを負い、辞めていくようになるのではないか、と私は懸念する。多くの人が辞めていく会社には、必ず、何かの問題があるのだ。そこを見失うべきではない。
すでにこの連載で取り上げたが、極めて大切なデータであるので繰り返し載せておきたい。厚生労働省の調査「新規学卒者の事業所規模別・産業別離職状況」の結果だ。平成15年から平成30年まで、大卒の新卒者の離職率を勤務する会社の規模別に示したものである。小さな会社は1000人以上(通常は大企業として扱う)の事業所の離職率が他と比べ、全般的に高いことがわかる。
https://www.mhlw.go.jp/content/11650000/000556488.pdf
本連載の次の記事をお読みいただくと、新卒、中途採用や人材育成の実態や問題点をご理解いただけると思う。
・なぜ、企業は中途採用社員を定着させる努力をしないのか?
・「部下のいない管理職」はある意味、特殊な人材なのか?
・「部下のいない管理職」とはいったい何者か?
・「コロナ禍で大企業の社員がたくさん辞めている」という噂を検証する
・一流企業やメガベンチャーの社員が総じて優秀な理由
・「大企業の社員がたくさん辞めている」という噂は本当か?
・なぜ、新卒のエントリー者数が増えるほど会社は強くなるのか?
・一流企業やメガベンチャーは、なぜ新卒採用にこだわるのか?
・なぜ、一流企業やメガベンチャーは「通年採用」に消極的なのか?
・なぜ、一流企業やメガベンチャーの新卒採用は優れているのか?
・なぜ、社員1名を採用するのに応募者1名だけではダメなのか?
文/吉田典史