■連載/あるあるビジネス処方箋
本連載の掲載記事「一流企業やメガベンチャーは、なぜ新卒採用にこだわるのか?」では、一流企業やメガベンチャーが新卒採用に力を注ぐ理由には、主に次の2つがあることを指摘した。「中途採用者の定着率が低いこと」と「定着率を上げるのは最大のコスト削減」になること。つまりは、組織やチームが作りやすくなるからなのだ。
今回は、中途採用者の定着率について深堀をしたい。その実態を探ると、一流企業やメガベンチャーが新卒採用にこだわる理由も炙り出せるはずだ。
エン・ジャパン株式会社は、自社で運営する人事向け総合情報サイト『人事のミカタ』上でサイト利用企業を対象に「中途入社者の定着施策」についてアンケート調査を行なった。回答をしたのは、415社。調査期間は、2020年4月22日(水)~5月26日(火)。
中途入社者の定着率について伺うと、28%が「定着率が高い」(定着率がとても高い:10%、定着率が高い:18%)と回答した。「定着率が低い」 (定着率がとても低い:6%、定着率が低い:27%)の33%を下回った。「定着率が高い」と答えたのが、3割前後であることは興味深い。
中途入社者のパフォーマンスには24%が「パフォーマンスが高い」(パフォーマンスがとても高い:3%、パフォーマンスが高い:21%)と回答。「普通」が62%、「パフォーマンスが高い」は13%となり、期待に十分に応えているとは言い難い状況が見えてくる。
自社の中途入社者について、「定着・戦力化のための入社後の取り組みに力を入れていますか?」と尋ねると、41%が「力を入れている」(力を入れている:7%、どちらかと言えば力を入れている:34%)と回答した。
「力を入れていない」(力を入れていない:23%、どちらかと言えば力を入れていない:30%)と回答した企業は53%と半数以上だった。下記のグラフを見ると、社員数により、定着・戦力化のための入社後の取り組みに大きな違いはないことがわかる。いずれも、「力を入れていない」と答える方が多いことは注目するべきだろう。
「定着・戦力化のための入社後の取り組みに力を入れている(どちらかと言えば力を入れている)」と回答した企業にその理由を尋ねると、次のものが挙がった。(複数回答可)
最も多いのは、「離職率を下げたいから」(82%)。裏を返すと、定着率が必ずしも高くはないケースがあると言えるのではないだろうか。
「定着・戦力化のための入社後の取り組みに力を入れていない(どちらかと言えば力を入れていない)」と回答した企業からは、次が挙がった。(複数回答可)
最も多いのは「予算や人員が足りないから」(50%)で、次に「何から取り組めば良いか分からないから」(45%)、「現場の理解や協力が得られないから」(25%)、「トップ(経営)がその重要性を理解していないから」(25%)と続く。
ここからは、私の考えとなる。大企業から中小企業、ベンチャー企業まで総じて中途採用者を定着させるのに苦心していることがわかる。転職が本格化した1980年代からすでに40年程が経っているにも関わらず、依然として定着の仕組みが浸透していないのだろう。
中途採用者の大半は、他の会社の職場での勤務経験がある。仕事の仕方や進め方、ノウハウ、技能、知識をその人なりにつかんでいる。それらを転職先の職場で活かし、活躍させたいならば、上司や周囲の社員の寛大な心や高い意識がないとできないはずだ。
だが、そのような上司や社員はいるのだろうか。私は会社員の頃、見たことがない。
多くの企業が中途採用試験の面接や内定後の面談では、「君には期待している。これまでの経験を存分に活かし、活躍してほしい」と言う。しかし、その人を受け入れる態勢や風土、文化を作っている職場は相当に少ないのではないだろうか。今回の調査結果からは、それが浮き彫りになっているように思う。私は記憶をたどっても、この30年程でそのような職場を見たことがない。むしろ、中途採用者を活躍させないような上司や先輩、同僚らのほうが多いように感じて仕方がない。中には、役員や人事部は、それを見て見ぬふりの場合もある。「とりあえず、現場に放り込み、それで上手くいくかどうかを見てみよう」と取材時に堂々と言いきる人事担当役員もいた。こういう捉え方をする人事の責任者は、中小企業に実に多い。残念で仕方がないことだ。
中途採用者を真剣に定着させ、育成し、戦力にする意志があるのか否か、それを裏付ける考えや計画があるのか。仮にある場合、なぜ、社員らに説明し、納得感を高めようとしないのか…謎は深まるばかりなのだ。言い方を変えると、中途採用は問題が多すぎるがゆえに、新卒採用に力を入れるほうがメリットは大きいと判断している企業が多いのだろう。特に一流企業やメガベンチャーが、その象徴と言える。
最後に、アンケート調査の結果を見て考え込んでしまったものを紹介しよう。中途入社者の定着・戦力化のために、実施している取り組みについて聞くと、トップ3は次のものだった。「入社1ヵ月以内の導入研修」(66%)、「ランチや飲み会などの歓迎イベント」(65%)、「ハラスメントなどの相談窓口」(60%)。
最も力を入れるべきは、「上司など受け入れ側に対する教育」だと私は思う。取材を通じても、自らの会社員の頃を振り返っても、これは確信に近い思いだ。上司の存在は、極めて大きい。ところが、71%が「実施していない」と答えている。
仮に「入社1ヵ月以内の導入研修」や「ランチや飲み会などの歓迎イベント」などしかしていないならば、定着率は高くはならないだろう。中途採用者が次々と辞めるのは、なるべくしてなっていると言えるのかもしれない。
このアンケート調査では次のような悩みの声も紹介している。参考までに紹介しておこう。
中途入社者の定着・戦力化に関する悩みや課題
■「社員の定着」に関する悩み
・戦力になったころに、より良い待遇を求めて転職してしまう人がいることが悩みです。(IT・インターネット関連/50~99名)
・能力がある人は数年で辞めてしまうが、能力がない人は逆に定着してしまう。(商社/100~299名)
■「社員の戦力化(パフォーマンス)」への悩み
・当社の場合、技術系職種が主になるが、ピンポイントでの経験者は少なく、製品の概要や特長を理解するまでに、個人差が生じてしまい、結果として戦力化への時間が掛かってしまう場合もある。(メーカー/100~299名)
・マニュアル化できない部分が多いため、個別のヒアリングを充実させたいが、仕組みとして整っていない。(流通・小売関連/100~299名)
■「受け入れ部署」への悩み
・配属した部署の人間関係で90%決まる。それゆえ、定着率の悪い現場の責任者・同僚への指導・意識改革が必要。(サービス関連/10~49名)
・定着化しているものの、不満や悩み事は現場任せになっており、入社後、本当に満足できているのかを把握できていないのが実情。(IT・インターネット関連/1000名以上)
本連載の次の記事をお読みいただくと、新卒、中途採用の実態をご理解いただけると思う。
・「部下のいない管理職」はある意味、特殊な人材なのか?
・「部下のいない管理職」とはいったい何者か?
・「コロナ禍で大企業の社員がたくさん辞めている」という噂を検証する
・一流企業やメガベンチャーの社員が総じて優秀な理由
・「大企業の社員がたくさん辞めている」という噂は本当か?
・なぜ、新卒のエントリー者数が増えるほど会社は強くなるのか?
・一流企業やメガベンチャーは、なぜ新卒採用にこだわるのか?
・なぜ、一流企業やメガベンチャーは「通年採用」に消極的なのか?
・なぜ、一流企業やメガベンチャーの新卒採用は優れているのか?
・なぜ、社員1名を採用するのに応募者1名だけではダメなのか?
文/吉田典史