■連載/あるあるビジネス処方箋
前回「「部下のいない管理職」はある意味、特殊な人材なのか?」で、人事コンサルタントであり、明治大学大学院グローバル・ビジネス研究科客員教授である林明文氏にインタビュー取材を試みた。
中小企業の管理職の部下育成力が低いことを指摘すると、林氏はこう答えていた。「中小企業の管理職のマネジメントレベルが低い傾向はもちろんあるのでしょう。企業の規模が小さいから、部下育成などの機会が少ないのです。マネジメントをする必要に迫られていないとも言えるでしょう」
今回、読者に伝えたいのはこの捉え方だ。私は、身内に中小企業経営者がいたこともあり、10代の頃(1970∼80年代)からその内情に様々な意味で疑問を感じてきた。その1つが役員や管理職の部下育成力が、大企業やメガベンチャー企業のそれらに比べて極端に低いことだ。私は、1990年代前半から取材の仕事をする。30年程の取材を振り返ると、相当に広い範囲の中小企業において、大企業やメガベンチャー企業の管理職のように部下育成に真剣に取り組む役員や管理職が少ないのは否定しがたい事実だ。むしろ、次のことが極めて際立つ。
管理職が何をするのか、正しく心得ていない
顕著なのは、プレイヤーとしての仕事はするが、マネージャーとして部下の育成が十分にはできないことだ。言い方を変えると、プレイヤーとして懸命に仕事をしていると、部下がついてくると信じ込んでいる疑いすらある。この管理職は実に多い。
この考えは、大きな誤りだ。部下は上司の業績や成果、実績に敬意を払ったとしても、感謝はほとんどしない。大多数の人は感謝できない人のために、がんばろうとは通常は思わないだろう。上司は「すごい!」と部下に思わせるのではなく、「この人と一緒に仕事をしたい。この人のためにもがんばりたい」と感じ取らせるのが、大きなミッションなのだ。
だからこそ、部下の考えや意見、不満を繰り返し聞いて、可能な限り、納得感を高め、仕事に向かわせる仕組みを作る必要がある。そして、この仕組みを1~2か月に1度は互いに見つめ直し、軌道修正するところを早く正していかないといけない。こういう繰り返しをしないと、ほとんどの部下の心を的確につかむことはできないだろう。
気をつけるのは、部下の考えや意見を否定するのではなく、できるだけ生かすことだ。中小企業の管理職は、このあたりを完全に勘違いしている場合がある。考えや意見が出たことにありがたいと思い、何らかの形で反映しようと心掛けることが大切だ。否定をして「考えや意見を言え!」と促したところで、大多数の部下は真剣に聞き入れないだろう。部下を抑えつけようとしたところで、中小企業の管理職では心底からの敬意の念を勝ち取るのは難しい。
部下を支配することに力を入れる
1のことを正しく理解していないから、部下を常に自分よりも下位に位置付け、抑えつけようとする傾向がある。バカにして上下関係を意識させ、服従させることに力を注ぐ。「自分中心の態勢を作ることが、管理職の仕事」と認識している可能性すらある。これでは、意識の高い20∼30代の社員は辞めていくだろう。辞めるのは健全な考えに見える。
私は、中小企業を取材した際に、社長や役員、管理職が部下の社員を褒めたり、称えるところを約30年間で1度も見たことがない。むしろ、必ずと言っていいほどに否定する。おそらく、過去の人生で学業やクラブ活動、就職活動などの競争で圧倒的に勝った経験に乏しく、心の底からの自信がないのだろう。あるいは、現在の仕事や職場、私生活にも強い不満や絶望、あきらめがあり、自らのふがいなさやみじめな姿が嫌なのだろうと私は推察する。
おそらく、自分との折り合いがつかないに違いない。だからこそ、不満を晴らす相手が欲しくて仕方がない。そのターゲットが、部下なのではないかと思う。中には、部下に少々問題があると、すぐに辞めさせるケースすらある。中には、退職強要など、いわゆる不当な行為をする人もいる。残念だが、我が子のように「育てる」といった意識が希薄なのだ。すべての中小企業とは言わないが、こういう会社は実際に少なくない。一言で言えば、大企業やメガベンチャー企業とは別世界なのだ。大企業やメガベンチャー企業にも、問題のある管理職はいるが、ここまでひどい人は少ないように私には見える。
次は、最近、私が取材した管理職が話していた言葉だ。数年前までメガベンチャー企業で管理職をしていた。他のメディアで紹介するので、本連載では詳細には書けないが、私が大変に共感するくだりだったので載せておきたい。管理職になったばかりのことを振り返って語っているところだ。
あの頃は、「どうしたら、使えるリーダーとメンバーに思ってもらえるだろう」と考え、そこに力を入れていたように思います。振り返ると、そこを履き違えていたのかもしれません。チームの中で最も成果を出していれば、みんながついてくると思っていて、それぞれのメンバーの力を最大限に引き出すことはできていなかったのです。
上司からはある時、「プレイング・マネージャーであるべきなのに、プレイヤーの仕事しかしていないよ」と指摘され、ハッとすることもありました。確かに私は、プレイヤーとしてがんばっていれば、メンバーは必ずついてくると思っていたのです。この頃から、チームの先頭を走るという考えがなくなりました。それぞれのメンバーを信じて、仕事を任せる。そして、個々の能力やパフォーマンスを最大限に発揮してもらえるようする。この考えが、私のマネジメントやチームビルディングの根本になっています。
中小企業ではこの管理職とは対極にいる、1と2のような上司が多数いるから、部下である20∼30代は大量に辞めていく傾向がある。ここで、あらためて下記のデータを紹介したい。すでに本連載の記事「なぜ、一流企業やメガベンチャーの新卒採用は優れているのか?」で取り上げたが、極めて大切であるのでしつこく載せたい。
「確かに大企業において新卒で入社し、3年間で退職する人が相当数いる。例えば、下記は厚生労働省の調査「新規学卒者の事業所規模別・産業別離職状況」の結果だ。平成15年から平成30年まで、大卒の新卒者の離職率を勤務する会社の規模別に示したものである。小さな会社は1000人以上(通常は大企業として扱う)の事業所の離職率が他と比べ、全般的に高いことがわかる。
https://www.mhlw.go.jp/content/11650000/000556488.pdf
大企業でも辞めていく新卒の社員はいるものの、実は中小企業でははるかに離職率は高く、大量に辞めているのだ。」
本連載で「なぜ、新卒のエントリー者数が増えるほど会社は強くなるのか?」でエントリー者数が、「100人以下」「101人~500人以下」の会社を取り上げた。
このクラスの大半は中小企業だが、私の取材を通じての実感で言えば半数以上は、役員や管理職の部下育成力は相当に低い。まさに「企業の規模が小さいから、部下育成などの機会が少ない。マネジメントをする必要に迫られていない」ようなのだ。
私は読者諸氏が、専門学校、大卒、大学院などいずれも新卒時にこのクラスの会社に入社すること勧めない。こういう会社に入ったところで、キャリア設計のめどはなかなか立たない。就職活動など人生の大切な分岐点で損をしてほしくないがゆえに、繰り返し書いている。あなたに誤った選択をさせたくないのだ。現時点ではたとえ、内定をつかむ可能性が低いと感じても、一流大企業やメガベンチャー企業を中心にした就職活動をすることを強く勧めたい。志があれば、きっとうまくいく。私ならば、新卒時に今回取り上げたような中小企業に就職は絶対にしない。
本連載の次の記事は、新卒採用とも深い関係がある。お読みいただくと、新卒採用の実態をご理解いただけると思う。なお、私は中小企業やベンチャー企業を「実力主義」「20代にとってやりがいのある職場」「大企業よりも、優秀な社員が多い」と報じることはしない。私が知る事実に反する可能性が高いからだ。このあたりは、あらかじめご理解いただきたい。
・「部下のいない管理職」はある意味、特殊な人材なのか?
・「部下のいない管理職」とはいったい何者か?
・「コロナ禍で大企業の社員がたくさん辞めている」という噂を検証する
・一流企業やメガベンチャーの社員が総じて優秀な理由
・「大企業の社員がたくさん辞めている」という噂は本当か?
・なぜ、新卒のエントリー者数が増えるほど会社は強くなるのか?
・一流企業やメガベンチャーは、なぜ新卒採用にこだわるのか?
・なぜ、一流企業やメガベンチャーは「通年採用」に消極的なのか?
・なぜ、一流企業やメガベンチャーの新卒採用は優れているのか?
・なぜ、社員1名を採用するのに応募者1名だけではダメなのか?
文/吉田典史