令和5年も残りわずか。年の瀬が近づき、銀座の街もコロナ禍以前のような賑わいを取り戻しつつあります。
前回のコラムで書かせていただいた私の千歳活動。5月にオープンした『ちとせ曹司』も、10月末日をもって本年の営業を終了し、来年の春に向けて冬眠期間に入りました。雪が降ると、ゴルフ客は来ませんし、観光都市というわけでもないので・・。何より北海道の電気料金の上がりっぷりが尋常ではなく、冬の暖房費だけでも相当な金額になるということで、中途半端にお店を開けるより、完全冬眠という道を選択しました。
てなことはさておき、今回は少しアングルを変えて、半年間に及ぶ『千歳活動』で感じたことについて書いてみようと思います。
千歳市では、日本政府と大手企業が出資して作られた半導体の新会社『ラピダス』が最大のトピックではないでしょうか。ラピダス関連のニュースを目になさったことがある読者の方もいるかと思います。
ラピダスの誘致発表後、銀座Roomに集うお客様からも多くの問い合わせがありました。一番多かったのは『お土地』に関すること。熊本では一足先に半導体受託生産の世界最大手TSMCの進出が決まり、第一次工場建設中にも関わらず、最近の地価公示でも日本屈指の上昇率で話題となっています。千歳市も同様に、全国的なニュースにもなりました。熊本では、工場建築に携わる人々の居住用住宅需要の増加、地域の土地相場が急上昇。味を占めた九州方面の不動産関係の方々が、二匹目のドジョウを狙って千歳の土地、集合住宅などの売買情報を集めるようになり、多くの方が千歳にやってきたようです。
千歳市街地の不動産の購買に同行した時も『え~っ!本気で言ってるの!』と大声が出るくらいの破格の値段を提示された売り主さんもいたり。ここぞとばかりに爪を伸ばして、浮世離れしたスタンスでいると、最終的に淘汰されてしまうのではと危惧してしまいます。ラピダス誘致決定前に千歳市を見てきた私も、ここ最近の土地、賃貸住宅など相場の急上昇ぶりには驚きを隠せません。現在も、建設工事関係者用住宅の一括借り上げなど、地域相場の高騰は続き、対象物件の不足など、史上類を見ない状況になっています。
その他にも不動産価格の高騰だけではなく、ニセコでホテルの建設の仕事に関わっているお客様からは、道内の設備業者がラピダスの建設のほうに取られてしまい、着工できず困っているから助けてほしいという話もあり、すでに様々な方面に歪みが出ているようです。
未来を担うラピダスについて思うこと
この黒船『ラピダス』について、千歳活動をしてみた1人の市民的視点で思うところを書いてみます。
千歳市に足を踏み入れてから、早くも1年以上が経過、千歳市や近隣で活躍する経営者の方々、政治家の方々とも知り合い、様々な対話をしました。皆さん、総投資金額の規模、雇用の創出、土地の争奪戦、人口増加による消費活動の活性化など、それぞれにラピダス進出に関わるビジネスチャンスを我が成果!と言わんばかりに口にします。その反面、俯瞰したマクロ的視点のスケール感で語る経営者や地元政治家が極めて少ないなというのが私の印象です。
『ラピダス』は国家事業だからといって、成功が約束されているものではありませんし、オリンピックや万博のような一時的なお祭りでもありません。世界市場で戦い、生き残れるか否かの命運を握る最後の勝負!?くらいに私は思っているのですが・・・。
私は、別の視点でこの国家プロジェクト『ラピダス』と千歳市の関係性について思いを抱いています。
銀座という街で仕事をしているからなのか、日本ゲイ団連会員(?)だからなのか、政治家や各方面のシンクタンクの研究員のお客様とのお付き合いも多く、しばしば、お国の未来についての話題になることがあります。もちろん、ラピダスの話も例外ではありません。
ご存じの通り、先端科学技術産業は技術革新のスピードが早く、止まることなく進化を続けていきます。その進化と変革に対応しながら世界と戦わなくてはならないのがラピダスプロジェクトです。言い換えれば、その技術革新についていけなければ、瞬く間に市場から退場することになるリスクをはらんでいる。しかもこの退場には、敗者復活戦が用意されていない。究極を言えば、熊本のTSMCと真っ向勝負なんてことも起こるかもしれませんが、切磋琢磨させたいという政府の想いも透けて見えます。
ただ、資源が乏しい日本にとって、この『科学技術』こそ、世界の勢力図に日本の存在感を示す最後の砦。日本が世界経済の覇権争いに生き残れるか否か、今まさに断崖絶壁丸木橋!という状況に追い込まれていると私は焦りを感じます。
この焦りの理由は、以前、あるお客様から、三菱重工の国産初、小形ジェット旅客機『MRJ』の撤退表明を内密に聞かさた時の記憶にあります。
私は、旅行会社も経営していたので、飛行機に乗る機会も多く、日本の技術力が世界の空を飛び回るのだと、期待に胸を膨らませていました。ただ、撤退を知った時、本当に落胆し言葉も出ませんでした。撤退の原因について様々な要因があると思いますが、その方がおっしゃっていていたのは、開発当事者たちも、日本政府も、航空機ビジネスにおけるインターナショナル・スタンダードや、認識が大幅にずれていたようだと。私は半導体産業について詳しく知りませんが、今回のラピダスも、MRJのようになりはしないかと、1人の市民として心配してしまうのです。
国家プロジェクトのお膝元で感じた違和感の正体
そんな思いを抱きながらラピダスと千歳市、地元政治家、市民たちの様子を見ていると、違和感を感じるのです。
それは、ラピダスのお膝元であるのに、ラピダスという日本の命運に関わる事業が千歳市にやってきた!という認識が、地元の空気からは全くと言っていいほど感じられないのです。
市長や地元議員の皆さんは開口一番『ラピダス案件』を口にします。市政からは、ラピダスありきのまちづくり構想、雇用創生的な話はよく発信されているようです。しかしそれ以前に、ラピダスの工場を、誰が、どうして、なぜここに、どうやって作ったのか。その辺を徹底的に探り、政府の真意にできる限り近づき理解する。その上で、このプロジェクトを千歳市に生かすために何をすべきかを考え導かれた構想であってほしいと願いますが、その深みが私には明確に伝わってきません。行政側も、市民を巻き込んだ議論をする姿勢が欠けているように感じますし・・・。
すでに工事は始まっているのに、ラピダスプロジェクトの大綱や意義を解説できる役人や地元政治家たちがどれくらいいるのか甚だ疑問です。市民に対し、このプロジェクトが日本の未来系に、この地域にどう関係しているのかということを、もっと丁寧に、もっと身近な問題として捉えられるよう、共に学び、啓発していくことが大切ではないではと思います。そうしなければ近い将来、すでに地方都市への大企業進出による賃金や人材教育の格差、雇用の偏りなどが淡路島、熊本県菊陽町などで問題が表面化しているように、巨大な黒船『ラピダス』と市民が乖離してしまい、市民たちが理解せぬまま事業が1人歩きをしていくことになるかもしれません。
なぜ、市民が積極的ではないのか
ラピダスのような大型事業誘致は、少なからず市民生活に影響を与えます。しかし千歳市民が積極的になっていないと思います。大都市圏では、政治家を巻き込んだ住民主権の市民活動などに触れる機会がありますが、千歳市に限らず小規模地方都市において、そういった気運が今一つ活性化しない理由は何か?と考えるとき、まず一つの要因は教育システムではないかと思います。
私も大人になって改めて思います。幼きころ民族衣装の着物に袖を通したこともなく、季節と共に生きる日本人が培った季節の礼節、決まりごとも知らない。日本人としてのアイデンティティ、国の成り立ち、政治がどのようなもので、その中で自分がどのように存在しているかを意識したり議論することが殆どありません。時代に翻弄されず、もっとこの国に生きる1人の国民としての『自分らしい人生』のために必要なことを学んでいなかったのです。
そして、第2次ベビーブーマーの私たち世代の学校が特徴的で、形式化された教科書やカリキュラムを与えられ、用意された解をひたすら覚える。テストの点数が評価のすべてであり、さらに高レベルな学校の名前で自分を武装していくという教育システムに、教師、生徒、父兄の誰もが疑問を持たなかった。それさえ全うすれば人生安泰と信じていた時代に、国民としの意識を持ち、小さくとも、自分の意識や行動が国や街づくりの礎を作るために重要で、しいては自分の幸せに繋がっていくということを教える教師も父兄も殆どいなかった、というより、そんな認識すらなかった。
その結果が、現代の自治や政治への無関心の背景だと私は思います。様々な事件、事象に対する見解を、新聞やニュースの情報に頼りきり、井戸端会議の域で終わってしまう。疑問を持ち、掘り下げて考え、自分の意見を持って議論したり、実行する能力が未熟なまま大人になった人が、想像以上に多いので、政治を巻き込んだ市民活動が活性化しないのだと思います。
さらに、北海道独特の事情も垣間見えます。北海道開拓の歴史。それは先人達の苦労と努力は相当なものであったと思いますが、北海道開拓も近代の北海道開発も官主導で行われきました。特に千歳市には、大規模な自衛隊部隊、国際空港があり、官主導の色がどうしても濃くなってしまうのも仕方ありませんが、私が感じた違和感のもう一つ理由がこの街の『お上任せの依存的空気感』かもしれません。
住民自治は、お上におんぶに抱っこでは困ります。議員や市長に任せきりにするのを辞め、政治に関わりを持ち、積極的に議員や市長に提案する。そのためにも、能力ある政治家を育て、地域の代表として送り出していくサイクル。そんな住民自治のあり方を、この街は忘れてしまっているように感じます。
ラピダスプロジェクトは、千歳市の行末にとても大きな影響を与える事業です。完成してしまってから、『こんなの聞いてない!』と騒ぐようでは困ります。地域のことは、地域に住む住民が責任を持って自らの意思と決断で作っていくものです。市民側にも、もっとラピダスを知り、関わる意識を持つ必要があると私は思います。
ラピダスプロジェクトは始まったばかり。千歳市民に、ラピダスとともに世界と戦うのだという機運が高まれば、単なるラピダス依存型経済発展でもない、過去への回帰でもない、市民から湧き上がる、千歳市の新たなムーブメントになるのではないでしょうか? 何より、経済成長と引き換えに無くしてしまった地域アイデンティティを取り戻すことができるかもしれません。東京一極集中地の時代から、地方へ。私もそう考え千歳にやってきました。地方自治の発展は、これからの日本のテーマだと私は思っています。
今年の千歳活動で思ったことはこんな感じです。すでに千歳市で活躍する政治家や経営者の方々に偉そうに生意気を言ってしまっているので、アンチかずこ!という人も相当増えたのもトピックスかもしれません。
千歳の皆さんからすれば、私は突然現れた変わりものです。それでも私は、幼きころ『おかま、おかま』とどんなにいじめられても、一日も学校を休まなかった強い心を武器に、千歳の未来形を市民の皆さんと一緒に作って行けたら素敵だなと思っています。せっかく千歳市にやってきたのだから、単なる飲み屋のママではなく、この素晴らしい街『千歳市』と日本一高級な下町『銀座』を繋ぎ、新しい地方都市の形を創生するお手伝いをさせていただけたらと願っています。
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文/kazuquo
自治医科大学付属病院にてリハビリテーション医療に携わったのち、 福祉住環境開発のために、住宅メーカーへ転職。その後独立し、PR会社、VIPトラベル専門の旅行会社「コスモクラーツトラベル」などを経営しながら銀座の会員制バー「銀座ルーム」のママとして日々、銀座のカウンター越しに日本社会の行く末を見守っている。