私たちが踏み出した、新たな一歩
人は思い描いたように生きられるものではない。壁にぶつかる、そして思い悩む。だが自分の意思や夢は自分でつかむ以外にない。
訳ありの事情を背負った若者が、ぼんやりと目標を見定め歩き出し、徐々にはっきりと自らの道を自覚していく。「Re:start」ではそんな若者を紹介する。就活を経て、社会人として踏み出し、何かを見出した若者にスポットを当て、その人生にうなずき、静かに拍手を贈る企画である。
第6回は株式会社沖セキ 営業主任 須貝陽介さん(33・入社5年半)である。墓石作りの沖セキは墓石のニーズが減少する中で、ガラスと御影石を組み合わせたデザイン性の高いオリジナル墓石等を開発。前年比で売上増を達成する、この業界のリーディングカンパニーだ。
学生時代の大手焼肉チェーンのアルバイトでは、店舗間で競い合う全国大会に出場して優勝経験があり、これと思ったことに対して、適当にはできない性格という須貝さん。教員を目指したが思うところがあって、26才で就職活動に舵を切った。
僕には良かったマッチングというシステム
当時26才という年齢を考えると、中途採用者向けのセミナーがあるサイトがいいのではないかと検索をかけまして。最初にヒットしたのが就職支援の会社のジェイックだったんです。電話をかけるとちょうど説明会があると。そこで横浜駅に近いオフィスを訪ねました。
まず、「営業カレッジ」(現・就職カレッジ)という当時10日間の研修を経てから、集団面接に臨むジェイックの就職支援のシステムのレクチャーを受けました。10日間の研修は正直、面倒臭いと思いましたね。でも、研修を経れば集団面接では企業の経営者の人たちと、直接話ができる機会が得られると説明され、その点に魅力を感じました。受講生は僕と同じ就活中でお互い刺激になるかなと。
振り返ると、僕が参加した当時の「営業カレッジ」ではけっこう大変だと感じるようなこともやりました。講師から「初心者のための育成マニュアル」みたいなタイトルの冊子を渡され、「これを500円で売ってきなさい」と。飛び込みでセールスをしましたが、ほとんど門前払い。それでも一冊売れました。アルバイト時代に全国大会で3000人の前に立ち、チェーンの店舗同士でプレゼンを競い合ったことを思えば何でもなかった。
研修が終了して、ジェイックの横浜支店のオフィスで行われた集団面接では、マッチングというジェイックのシステムが、僕にとっては良かったですね。当日は15社ほどと面接をしましたが、マッチングとは企業側と自分とが、お互いに優先順位をつけていくやり方です。お互いに高いところに印をつけた企業を個別訪問し本面接に臨む。僕の場合、集団面接でマッチングした企業は、沖セキを含めて4社ほどありました。
僕は営業職を志望しました。営業はセールスするものが異なるだけで。その意味では何を取り扱う会社でも一緒です。入社の要となるのは共に働く人間だなと考えていたんです。相手が僕という人間を買ってくれ、「来てほしい」と言ってくれる会社に、お願いしようと思っていました。
沖セキは本面接を受けた二つ目の会社でした。今の上司でもある社長が対応してくれたのですが、「是非、須貝くんに来てほしい。うちで働いてもらいたい」と。僕の理想通りの対応をしていただきました。確かに少子高齢化や核家族化の進行で墓の需要は減少し、墓石は縮小する産業ではありますが、人は必ず死にますから、需要が喪失することはありません。
かゆいところに手が届く中小企業
営業先は墓石を販売する石材店です。墓が売れない時代ですが、大手の石材店の担当者と良好な関係が築ければ、例えば霊園開発の際に何百、何千と墓石を販売するチャンスを得ることができます。信頼関係を築くためには学生時代、焼肉チェーンで店舗日本一を目指し、毎晩深夜に行ったポストへのビラ入れと同様、地道に足繁く石材店の担当者の元に通うことが大切です。
うちの会社は分業化されていません。それは中小企業の強みでしょう。大手ならそれぞれ担当に投げるところを墓石の受注から設計、墓石に刻む原稿の打ち合わせ、中国への発注、完成品の輸入、納品まですべて営業担当者が絡みます。発注元の担当者としては、かゆいところに手が届くのではないでしょうか。
「墓石の字が違ってるよ」「墓石が欠けている」等のクレームも素早く対応できます。「請求書間違ってんじゃないの?」という指摘にも、すべて僕が応えられる。うちのヒット商品のガラスと御影石を組み合わせた墓石の魅力を直接セールスできる点も強みです。足繁く通うと、徐々に注文も増えました。
近年では「墓石の頭を富士山のようにしてほしい」「墓石の横を階段状に加工してくれないかな」。抽象的なオブジェのデザイン画を持ってきて、「この通りの墓石を作って欲しいんだ」とか。そんな墓石の発注が増えています。
いずれもお客さんからの要望があっての発注ですが、石材店の担当者は好きな形に墓石を加工できる思いがちだと気づきました。そこで石材の加工を体験してもらおうと、石材店の担当者7、8人に声をかけ、真壁町への見学ツアーを企画したんです。今は墓石の9割程度が中国産ですが、茨城県の真壁町から産出される真壁石は、国産を代表する墓石の一つです。
切り出した石に、職人が特殊な研磨機を繰り返し当て、真っ平らで光沢のある墓石に仕上げていく。同行した担当者には実際に石の研磨を体験してもらいました。
「石を光らせるのは、こんなに難しいのか」「これを加工して、さらに磨き上げるのは大変だな」そんな声を耳にしました。
墓石から飛び出す丸い突起物
これで無謀な注文は減るに違いない、僕は内心そう思っていたのです。ところがある日、「須貝くん、こんな注文を受けちゃってさ」、真壁石の見学ツアーに参加した石材店の担当者からデザインを見せられまして。開業当時の新幹線に使われていた0系電車の前頭部のような、まん丸い突起物が墓石から飛び出している、そんなデザインが描かれていた。
「この墓石を作れと言うんですか」「頼むよ」
これをオーダーした施主は、デザイナーだそうで将来、自分が作ったオブジェを墓石にして永眠したいと。墓石業界が縮小する中、これを断ったら石材店との信頼関係を損ない、仕事が回ってこなくなるかもしれない。
デザインを元に、僕が簡単な絵と寸法を描き、墓石を生産する中国の福州の工場に図面の製作を依頼しました。ところが出来上がった図面を石材店の担当者に渡すと、「ここが違う、あそこが違うって、この図面じゃ施主さんが納得しないんだよ」と。施主は自分の墓の墓石に思い入れが強い。
「須貝さん、図面でいくらやり取りをしても、らちが開かない。模型を作ってもらってよ」そう提案してきたのは、中国の生産工場でした。石材店を通して施主に伝えると、デザイナーだけあって、墓石の10分の1の精密な模型を紙粘土で作ってくれて、それを中国に送ったんです。
縦80㎝横60㎝ほどのピンク色の御影石の前後左右を削り、石の真ん中をノミで刻み込み、まん丸い突起物が墓石から飛び出しているような墓石を完成させました。
「よくやってくれた」と、石材店の担当者はホッとした様子でした。
このように受注から納品まで絡み、お得意さんと密接な関係を築けるのは、中小企業ならではの体験でしょう。
ガラスと御影石を組み合わせた墓石のセールスを推し進めた、直属の上司である社長はアイデアマンで、「新しいことを一緒にやろう」と声をかけてくれます。
「ぜひとも来てくれ」と言われた会社で、得意先も僕を認めてくれ、みんなと仲良くやれて楽しく働ける。居心地のいい会社です。
取材・文/根岸康雄( http://根岸康雄.yokohama )
何事も適当にはできないタイプだからこそ、
進むべき道を決められなかった
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