■連載/元DIME編集長の「旅は道連れ」日記
アナログレコードの道は深く、マト1という迷宮があること、中古で80万円もするレコードがあることはこれまでに書いた。中古レコードが80万円とは驚くが、オーディオの道に踏み込むと0がさらに増える。フェラーリ、カウンタックどころか、ビンテージクラシックカー並の予算を機器につぎ込む人が存在するのだ。リスニングルームの音響空間を整えるにとどまらず、マイ電柱なる、自宅や近隣の家にある他の電気製品によるノイズを排除するための電柱を庭に立てる人もいる。さらにはこれぞ雲上話だが、さる著名オーディオライター氏は、自宅にオーディオを聴きに来るなら真夏にどうぞと誘うらしい。その心は、服の振動で音が汚れるので素っ裸になれる真夏がいい、となる。かようにディープな音の道だが、レコード=マト1にこだわる人は意外に機器にはお金をかけず、機器を探求する人は概してマト1を求めないという、二律背反する傾向もあるといわれる。何はともあれ、奥の奥まで入り込んだ人から見れば、僕のマト1コレクションも定年前に一新したオーディオ機器も、可愛いレベルに違いない。
さて本題。当然ながら、僕は好きなレコードのマト1を集めている。だが好きでもないレコードも何枚か混じる。オーディオ・ファンとして、至高の名録音とされるマト1も聴きたいからだ。その一例が、1982年に世界初のデジタル録音として発表された、ドナルド・フェイゲンの『ナイトフライ』。楽曲よし録音よし、アダルト・オリエンテッド・ロック、略してAORの極上盤とされる。されど僕は中2でロックに目覚めて以来今日まで、ハード・ロック&プログレッシブ・ロック派なので、ソフトなAORは好みではない。ボズ・スキャッグスしかり、ジャクソン・ブラウンしかり、スティクスしかり。しかし『ナイトフライ』には、格別の思い入れがある。『FMレコパル』に在籍していた80年代前半、新製品試聴時のロック・ポップス系試聴レコードの定番が『ナイトフライ』で、どれだけ聴いたことか。そのサウンドは、20代の思い出とともに心に残っている。
こんな背景もありマト1収集初期に、USオリジナル(マト1の類語)を購入した。録音はやはり素晴らしい。音の輪郭がここまでくっきりしているレコードは、そうそうない。4000円ほどで買えるので、絶対的に録音がいいマト1をお求めでAORを苦手としない方にはお勧めだ。
ところでCD時代になってから登場した、高音質盤というジャンルがある。アーチストやレコード会社公認のもと、60年代70年代の名盤を制作会社のエンジニアがオリジナルマスターテープから入念にマスタリングし、レコードとして少量生産・発売したものだ。少量ゆえ、シリアルナンバーが入っていることが多い。高音質盤を手がける一流制作会社としては、アメリカのモービル・フィデリティやクラシック・レコードが有名だ。キング・クリムゾン『クリムゾン・キングの宮殿』、レッド・ツェッペリン『Ⅱ』、ピンク・フロイド『狂気』のようなマト1が高値の作品に限らず、数多くの名作が高音質盤で発売されている。市場ではこちらもプレミアがつき、定価の2倍3倍どころか、さらに高い作品もある。ちなみに17年秋にソニーミュージックから発売された高音質盤、サンタナ『ロータスの伝説』、キャロル・キング『つづれおり』は、ともにモービル・フィデリティの制作だ。