ごく普通の人が悪質クレーマーになる時代
悪質クレーマーといえば、強面の男性が大声で従業員を恫喝する姿を思い浮かべるかもしれないが、援川氏によるとこれは古いイメージだそうだ。今、多いのは「本当に普通の一般的な人」で、「なかなか納得してくれない、面倒なお客さん」だそうだ。
例えば、数年前、パンやケーキに髪の毛が入っているというクレームを2000件以上つけて詐欺罪で捕まった女性がいる。「やり取りを録音してSNSに流す」と脅し、自分の理不尽な要求を押し通した彼女は、前科も何もない普通の40代の女性だった。こうした普通の人が、プロのようなテクニックで企業を怯えさせるほどのモンスタークレーマーになったケースがあるという。
また、最近は退職した年配のクレーマーが増えているという。学校の校長、教師たちを悩ませているのは、孫を持つ「団塊おじいちゃん」だ。彼らは仕事人間で子どもや家庭を顧みなかったという負い目がある一方、今は時間が有り余っていて、「孫は自分が守るという意識」が強い。校長室に乗り込んで、自分の社会経験を元に延々と正論を語り続けるという。
援川氏は刑事として多くの人を取り調べ、転職後は20年以上、悪質クレーマーたちとやり取りしてきた経験上、こういう人たちは「もともとは悪質クレーマーではない」と断言する。
では、彼らはどうして悪質クレーマーになってしまったのか。援川氏は、世間にあるさまざまな不安から来る心の闇、寂しさが原因だろうと分析している。
前述の40代の女性はバブル時代に青春を過ごした人だ。しかし年齢を重ねるうちに関心を持たれなくなり、世間から取り残されてしまった。そんな状態でクレームをつけたとき、相手の親身な対応が嬉しく、味をしめてしまったのだろう。彼女は独身だったが、家庭の主婦であっても、家庭を顧みない夫、言うことを聞かない子どもに失望してしまうこともある。
退職後の年配者は、「自分の存在を他人に認めてほしいが、ちっとも認めてもらえない。後輩に愚痴を聞いてもらおうとしても、忙しい現役世代からは敬遠される」(援川氏)。その満たされない思いの代償を従業員や教師に求めていたのだろう。
「今の人は、将来や環境への不安、ご近所のトラブル、セクハラ、パワハラなど、さまざまな不安のガスの溜まった風船のような状態で社会生活を営んでいる状態。きっかがあると破裂して、何をしでかすか分かりません」(援川氏)
私もあなたも、誰でも悪質クレーマーになりえる。そんな時代に生きているということを、改めて認識しなくてはいけないと援川氏は指摘する。