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話題のDX小説第13話【TOKYO 2040】AIハラスメント

2022.05.23

コロナ禍を機に、一気に加速した「DX」だが、行きつく先にはどんな未来が待っているのか。一昨年の都知事選にも立候補した小説家、沢しおんが2040年のTOKYOを舞台にIT技術の行く末と、テクノロジーによる社会・政治の変容を描く。

※本連載は雑誌「DIME」で掲載しているDX小説です。

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【これまでのあらすじ】
 二十年のうちにデジタル化が浸透した二〇四〇年の東京。都庁で近々役割を終える「デジタル推進課」の葦原(あしはら)は、現実社会と量子ネットワークの両方から消えた住民データの調査を進めるさなか、課長の大黒からデジタルとは真逆の「ご神木」の過去を聞かされるが、にわかに信じることができず──。

AIハラスメント

 分庁舎(はなれ)のエントランスを出る時、葦原は石の壁に手を当てた。ひんやりとした感触。天井へと視線を上げると、吹き抜けになっていて気づかなかったが、確かに二階までの高さがありすぎる。

 もし課長の大黒の言ったことが本当なら、この建物は震災の前後に巨大な切り株に被せるように建てられたことになる。

「どうかしましたかー?」

 警備員が石壁にもたれるようにしている葦原を見つけ、怪訝そうに尋ねた。以前アクセス障害の際に入館処理に手間取っていた、あの警備員だ。

「この建物、古そうに見えて築十五年くらいですよね」

 葦原は警備員に話を向けたが、彼は首を横に振った。

「どう見ても一〇〇年を超えているんじゃないかなー」

「ですよね、自分もそう思っていました。新しい建物を古くからあるように見せることって、可能なんですかね」

「建築には詳しくないんで。どこかから古い建物を持ってきたんならともかく、新しく建てるってのはないんじゃないかなー」

 移設ということもあり得る。葦原はそのあたりに定礎のプレートや古い建物につきものの銘板があるのではないかと見回したが、見つけられなかった。

 気にし始めると、この建物の何から何までが虚構に見えてくる。

「この建物に関する資料や由来のわかりそうなもの、ご存じだったりしますか?」

「心当たりないなー。公文書館にならあるんじゃないの」

 都の文書は、管理規定によって文書課で一定期間保存された後、公文書館に引き継がれる。公文書館は西国分寺にあり、武蔵野台地の厚い地層に守られ二〇二五年の首都直下型地震の影響はほとんどなかった。

 このため、古くからの文書も無事に所蔵されており、近年デジタル化された文書は当然のこと、江戸から明治にかけての文書でさえ、すべてPA端末やインターネットから検索することができる。〝ご神木〟を都が切り倒したというのなら、その頃の資料も残っているかもしれない。

「ありがとうございます。公文書館のデータ、あたってみます」

「よかった、体調が悪くてもたれかかってたってわけじゃないんですねー」

 本庁舎へ向かう途中、震災から今までに何があったのかに考えを巡らせた。葦原がデジタル推進課の前にいたのは防災情報課で、在籍時には、震災と都で運用している統合AIシステムとの関係について何度も聞かされた。

 それだけでなく、このシステムの存在は近隣の県との統合、すなわち道州制の議論が再燃したきっかけにもなっていた。

   *

 二〇四〇年の都が運用する統合型AIシステムは「ヌーメトロン」と呼ばれ、一都三県のデータを集積する巨大な情報連携基盤の上に、それを処理する複数の特化型AIで成り立っている。

 インプットされるデータは、自治体の持つ住民の情報だけでなく、民間や事業者ネットワークで公開されているオープンデータも広く取り込まれており、これらは一度「イントメトロンAI」に送られる。イントメトロンはインテリジェンスな都市をイメージした造語で、3DCGで描かれるような仮想空間を持たない、混沌としたデータの坩堝(るつぼ)だ。

 これを行政利用するにあたっては、まずデータの整形とデータ同士のあらゆる重ね合わせを実行して相関性の発見を担って出力するAIが稼働する。

 これだけではまだ人間には理解できる形ではないので、人にわかる表現で示し、行政課題となり得るかどうかを提言するAIが存在する。これが「アウトメトロンAI」だ。これには知事や局長クラスのみがアクセスできる仮想空間が存在する。

 この二つが都の政策企画を支援し、文書管理、財務・税・会計、人事を担うAIがそれぞれ別に存在し、統合されている。AIは相互に学習し合い、時に人間がする「忖度」のような連携をみせることさえあった。

 ヌーメトロンが提案してくる行政課題や未来予測は、「知事が首を縦に振らない」「そのままでは議会に何を突っ込まれるかわかったものではない」「過去施策との整合性を住民に説明するのが難しい」などの理由で却下されるものを除いて、正しく機能していた。

 葦原のいた防災情報課では、職務のすべてが人命に関わることもあり、ヌーメトロンの提示は施策にほぼ採用され、そのとおりに実行されていた。

 だが、葦原はその合理的すぎる内容や、住民に説明するのが難しい問題を急ぎすぎることに、常に疑問を持っていた。

「データが正しいのはわかります」というのが、当時の葦原の口癖だ。

 防災情報において地形や建物、人の流れといった物理的なデータは当然重要だが、首都直下型地震以降、得られるデータからヌーメトロンが学習し、ことのほか強調して守ろうとするのは「情報弱者」の存在だった。

 デマや非科学的なことを信じやすく合理的に行動しない人は命を失いやすい。

 ヌーメトロンを構成するイントメトロンAIは、どうやってそれを導きだしたのかは外からは窺い知れないが、おそらく住民の家庭環境や学校教育、収入や普段情報を入手しているメディアといった目に見えない情報の掛け合わせをしているのだろう。

 一般的な政策であれば、アウトメトロンでの合議によって「倫理的にいかがなものか」「知事がいい顔をしない」などを理由に却下することも多いが、首都直下型地震を経験した後の東京では、防災と人命の優先に一切の躊躇がない。

「ヌーメトロンが新たに差別を生んでいるようなものじゃないですか」

 葦原は上司に食ってかかることもあった。

「差別ではない。事実が可視化されているだけだ。必要なフォローができさえすれば、誰一人取り残さないという目的にも合致する。命あっての物種だ。昔は人海戦術でやってた時代もあった。そこからこぼれ落ちてフォローが行き渡らない人が多くいた時代から考えたら、ずいぶん良くなったものだよ」

「その時代って何年くらい前ですか」

「ここ二十年だよ。当時の知事は震災で若くして亡くなってしまったが、神奈川や千葉の協力もあって今がある」

 葦原にとっては、AIが人命を盾に融通の利かないことを現場に強いているように感じられた。そこから、ヌーメトロンの提示をそのまま受け容れて動く同僚たちとも、少しのすれ違いから距離ができがちになり、それが積もり積もって異動願いを出した。

 部署の希望は叶わなかった上に、人事AIが「情報政策推進本部 デジタル推進課」への異動を伝えてきた時は、より一層ヌーメトロンに近いところで勤務しなければならないことに、不安になった。

 本庁舎へ向かう葦原のPA端末に予定変更通知が送られてきた。橘樹花(たちばなじゅか)の来訪がキャンセルされた。ドタキャンだろうか。

 急ぎ足で辿り着くと、庁舎から橘樹花と一緒に櫛田(くしだ)が出てくるところに遭遇した。

(続く)

※この物語およびこの解説はフィクションです。

【用語・設定解説】

AIの応用分野:この物語では、まだ汎用型AIの実用化はされていない。また、行政で用いられるAIは「人がそれまでにしていたことをシステムに置き換えるAI」が主流で、民間におけるイノベーションの先端にある「人ができなかったことをするAI」は導入されていない。

AIハラスメント:AIが人間の支援をするようになると、新たに発生することが予想されるのが、その合理的すぎる最適解が提案されることによるハラスメントである。誰だって正論を押し付けられるのは嫌なものだ。正論がAIによってオーソライズされる怖さはここにある。

沢しおん(Sion Sawa)
本名:澤 紫臣 作家、IT関連企業役員。現在は自治体でDX戦略の顧問も務めている。2020年東京都知事選にて9位(2万738票)で落選。

※本記事は、雑誌「DIME」で連載中の小説「TOKYO 2040」を転載したものです。

この小説の背景、DXのあるべき姿を読み解くコラムを@DIMEで配信中!

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