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話題のDX小説第8話【TOKYO 2040】氷河期の生き残り

2021.11.20

コロナ禍を機に、一気に加速した「DX」だが、行きつく先にはどんな未来が待っているのか。昨年の都知事選にも立候補した小説家、沢しおんが2040年のTOKYOを舞台にIT技術の行く末と、テクノロジーによる社会・政治の変容を描く。

※本連載は雑誌「DIME」で掲載しているDX小説です。

第7話はコチラ

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【これまでのあらすじ】
 二十年のうちにデジタル化が浸透した二〇四〇年の東京。住民の失踪とともに個人情報データの消失事件が発生。行方知れずとなった兄の手がかりを得ようと橘樹花は情報インフラを統括するデジタル推進課の葦原を訪ねる。だが一切の手がかりは得られず、続いて向かった新新宿警察署ではサイバー局から来たという刑事の水方が待っていた。

氷河期の生き残り

 橘は水方の質問してきた「重要なこと」が何を指しているのか、答えに迷った。

 何かをすでに知っていてそれを言わせようとしているのか、それとも高圧的に詰めていけば橘がいくらでも喋ると思っているのか、どちらにしてもこのサイバー局の刑事からナメられているのだと橘は感じた。


「答えてないことなんか、いっぱいあって当然じゃん。聞かれてないんだから」

 物心ついた頃からAI家電に囲まれて暮らしてきた橘には、他人がしてくる質問はいちいち面倒臭いものだった。

 PA端末をはじめとした最新の機器は、ユーザーの行動を推測して先手を打ち、快適な提案をしてくるのが当然だ。それに比べて、根掘り葉掘り聞いてくる水方は煩わしい。


「そりゃごもっともだ」と常田(ときた)は頷いた。

「樹花ちゃんにわかるように、何でその情報が必要なのかを言ってから質問したらどうだ」

「では、質問を変えましょう」

「あの、兄について何を話したら捜してくれるのか全然わかんないんだけど。写真は前に渡したし、街中にある監視カメラで顔認証してるんでしょ。兄が映ってるの見つけるくらいできないの?」

「顔認証と顔認識は違う」

「細かいことはどうでもいいよ。サイバー警察ってAIでやってるんでしょ? そんなに偉そうにしてて、捜せてないのおかしくない?」

「映像をサンプルにすれば、似た動きをした人物を大量の映像データから認識して捜せる。お兄さんが映っているものなら、配信したものや家族が撮ったものでも、何でもいい。ないのか」

「家族が撮ったものなんてないし。うちら親がいなかったって、説明しなくても知ってるでしょ?」

 水方が必要最小限に訊いても橘の気に障ってしまい、話が噛み合わない。

「……引き合わせなきゃよかったか」

「いえ、今日ここで得られる情報は得ておきたいです。これまでに受け取っていた画像をAIに照合させても、日本中の監視カメラでサイバー局のセキュリティークラウドに蓄えてきた人物データと一致しないんですよ。受け取ったデータの精度に問題があるとしか思えない」

「え、何それ! こっちが渡した写真がおかしかったとでも言いたいわけ?」

 橘は椅子から立ち上がり、抗議の目で水方を睨みつけた。


 それから二人の刑事によって、データがいかに見つからないかという説明が始まった。水方の専門用語だらけの話も理解できなかったが、それを大雑把な例え話にする常田の話も、雲を掴むようでわからなかった。

「樹花ちゃん、とにかくこういう状況なんだ。お兄さんのデータは役所にも警察にも残っちゃいない、国中の監視カメラ映像をAIで照合しても一切出てこない。PAやスマホも使われていなければ、本人名義のカード支払いすら残っていない。お兄さんに関する情報が煙のように消えてしまっているんだ」

「常田さん、そういう雰囲気で誤魔化す比喩は、誤解を招きます」

「……いいです、もう。普通に捜してくれれば」

「その普通の人捜しというのが、今は顔や人物の動きをAI処理した行動追跡なんですよ」

 水方の追い打ちをかける言い方に、常田は首を横に振った。

「樹花ちゃんのお兄さんは、この足で聞き込みをして捜す。普通の捜し方ってそういうことだよな。俺は昭和生まれだ、氷河期も震災も乗り越えた生き残り。そういうのには慣れてる。心配ない、手がかりが掴めたら連絡するから」

 気休めにもならない常田の言葉に、橘は素直に頷けないでいた。

 警察署を出た橘は、交差点にほど近いバス停のあたりで、都庁で会った葦原が女性と連れだって歩いてくるのを見つけた。簡単に挨拶してすれ違ってしまおうと思っていると、葦原のほうから声をかけてきた。

「先ほどはどうも。あまりお役に立てずにすみません」

 一緒にいた櫛田(くしだ)はすぐにピンときて、

「この前わざわざ紙で決裁した、データ調査の件の人?」

 と耳打ちした。葦原は小さく頷いた。


「警察に寄ってきたんだけど、そっちで聞かされたのと一緒。何も出てこなかった」

 橘の苛々している様子が伝わってきたので、櫛田は微笑んでから、

「ひょっとしてあんまり対応が良くなかった?」と聞き役に回ることにした。

「おじいちゃん刑事のほうは優しいんだけど頼りになるかわかんないし、ノートパソコン使ってる若い刑事は雰囲気最悪で口うるさいし。今時ノートパソコンだよ?」

 若い世代にとってパソコンは、めったに目にすることのない〝古くさい事務機〟だった。

「刑事さんがお歳を召してるって珍しいね」

「氷河期世代の生き残りって言ってた。氷河期って大昔のやつでしょ、恐竜死んだ時の」

 櫛田が「それは昔すぎでしょ」と笑いながら指摘すると、橘は「わかってる、わかってるって」と合わせて笑った。

「でも、それくらいの歳の人は不遇だったのよ。就職もできず、行政の支援も薄かった上に、震災の混乱の中、感染症で多くの人が亡くなって」

「ああ、それ。ウチの両親もそれで死んだ」

 情報公開課の窓口の時と同様、恐竜にしろ両親にしろ「死」がストレートに出てきたことに再び葦原は驚いた。

 停留所にバスが滑り込み、橘はステップに足をかけた。

「橘さん。お兄さんのデータ、復旧したらお知らせします」と葦原は会釈をした。

「うん、それはお願い。それじゃあ、また。デート中ごめんなさい」


「デートって言われてしまいましたね」

 櫛田は真顔になって葦原を見つめた。

「思春期の女の子からだとそんなふうに見えるのかな? そんなわけないのに」 

バスを見送る横で、政党の街宣車が大音量でアナウンスをしながら走っていく。


『家父長制の復興、高度成長、昭和の夢よ再び。日本レガシー党、日本レガシー党。多様化しすぎた世界を収束し、天から与えられたジェンダーロールを明確に。一本筋の通った社会制度へスクラップ・アンド・リビルド。日本レガシー党です』


「最近よくあれ、走ってるよね。ネット選挙になっても相変わらず街宣車は有効みたい」

「あの『日本レガシー党』ってちょっと怖くないですか」

「案外支持してる人がいるみたいなの。震災から十五年経っても復興が進まないからだと思う」

「進んでないわけないんですけどね。首都直下型地震で壊れた昔の都庁や高層ビルも全部更地になったし、警備ドローンで治安も良くなって無人コンビニもあれば自動運転のバスも走ってるわけで」

「昔の姿を取り戻して初めて復興ができたと思いたい人も多いからね。今度の州都知事選は、あの党が推薦する候補と今の知事の一騎討ちになるんじゃないかって」

「よく知らないがんじがらめの過去に戻るのって、全然嬉しくないですよね」

「……どうかな。嬉しい人はいるんじゃないの」


 櫛田は振り返って、かつてツインタワーの旧都庁舎が聳えていたあたりを見上げた。

「葦原さん、さっきの子、協力してあげなさいよ、お兄さん捜し」

「もちろん仕事でデータの復旧はします。捜すのまではやりすぎでしょう」

「少なくとも、一刻も早くデータを復旧してあげるべきよ」

 葦原には、なぜ櫛田が会ったばかりの橘にそこまで気を懸けるのか、わからなかった。

(続く)

※この物語およびこの解説はフィクションです。

【用語・設定解説】

顔認証と顔認識:端末へのログインや、オフィスビルへの入場など、本人性の確認や本人特定のために、あらかじめ利用方法を個人の同意のうえで使用されるのが「顔認証」だが、物語中の近未来では日本中の監視カメラの映像が「顔認識」「顔識別」によってどこで誰が何をしていたかまで照合が可能な社会になっている。

日本レガシー党:架空の政党。近未来では、続く少子化によって団塊Jr.世代が票田となっている。2040年までに多様性の受容や格差の解消が図られてきたが、その反動でかつての日本の姿を取り戻すことを旨として、過激な論調とともに世間の支持を得つつある。

沢しおん(Sion Sawa)
本名:澤 紫臣 作家、IT関連企業役員。現在は自治体でDX戦略の顧問も務めている。2020年東京都知事選にて9位(2万738票)で落選。

※本記事は、雑誌「DIME」で連載中の小説「TOKYO 2040」を転載したものです。

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