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話題のDX小説がスタート!【TOKYO 2040】デジタル化からこぼれ落ちたモノたち(第1話)

2021.03.23

コロナ禍を機に一気に加速する「DX」だが、行きつく先にはどんな未来が待っているのか。昨年の東京都知事選にも立候補した小説家・沢しおんが2040年のTOKYOを舞台にIT技術の行く末と、テクノロジーによる社会・政治の変容を描く。

以下のコラムと合わせて是非読んでみてほしい。

【関連記事】
ハンコをなくしても世界は変わらない!DXの本当の目的を考える

デジタル化からこぼれ落ちたモノたち

今から20年後の近未来、世を沸かせている「DX」が遍在化し、誰もそれがデジタルかどうかすら気にしなくなるほどデジタル化、データ化が浸透した都市で  

 四月。二〇四〇年の日本は、季節の変わり目に緩やかなグラデーションなんてものはない。雪が降ったと思ったら翌日は真夏日になり、その翌日は豪雨になりもする。

 雨に煙る都庁舎をスクリーン代わりに「誕生 シン・東京都」のデジタルサイネージが浮かび上がる。ここ数年の国会では道州制の導入を巡って、東京都が単独で「東京州」となるのか、それとも従来の一都四県を併せた「南関東州」の州都となるのかで随分と揉めていた。最終的に〝元〟東京都は、東京州の州都として「東京都」をあらためて名乗るということになった。さんざんメディアで騒いだ割には何とも肩透かしな着地だが、地名書き換えをはじめとした混乱をできる限り抑えようという配慮は窺えた。

「分庁舎《はなれ》があるとは聞いていたが、こんな旧い建物だったのか」

 葦原(あしはら)アサヒは傘をたたむと、薙(な)ぐに任せて思い切り雨露を振り払った。苔で所々緑色をたたえていた石畳に、びしゃりと綺麗な弧が描かれる。傘はまだ雨露に濡れてはいたが適当に巻いて済ませ、足を建物へと踏み入れる。広々とした玄関ホールの至る所に施された装飾が、この石造りの庁舎が建てられた年代の空気感、その時代ならではの余裕を感じさせた。

 葦原のあらたな配属先である『デジタル推進課』は、築一〇〇年を数えるこの分庁舎にあった。デジタル・トランスフォーメーションが持て囃(はや)された二〇二〇年代に「情報政策推進本部」直下に華々しく設立された課だが、それから二十年  

 政府や自治体のシステムは量子コンピュータと量子ネットワークが基幹となり、民間には広く第七世代移動通信システム(7G)が実用化されている現在《いま》ともなれば「デジタル」はわざわざ推進するものではない。デジタル推進課はその歴史的な役目を終え、本庁舎からも追い出され、組織改編で来年には「くらしと生活局」に統合される、いわば余命一年の〝お払い箱〟だ。

 ほんの小さな人間関係の齟齬が発端だった。葦原はそれ以上同僚との亀裂が深まらないうちに自ら異動を願い出たのだが、廃止が決定されている部署に配属されたことには、正直のところ納得がいっていなかった。

 だが、人事部門のAIによる采配は、誰に言わせても適切この上ないものだという。向き不向きという感覚的なことではなく、本人ですら気づいていない性質や能力に合うよう、あるいは配属先に元々いるメンバーとの相性も含めて判断される。葦原は、自惚れの自覚はあれ「統廃合が決まっている部署で残務処理をする人々」に合わせてうまくやっていけるのか、不安を抱いていた。

「今日からデジタル推進課に正式に配属となりました、葦原アサヒです。入ります」

 葦原は自らの不安を払拭するように若干大きめの声で名乗ってから、部屋の入り口すぐに設置されていた目隠しのパーティションから顔を覗かせ、その先を窺い、目を疑った。

 部屋のド真ん中に、木が、生えている  

 敷き詰められた絨毯は部屋の中央で途切れ、そこから一抱えでは到底足りないほどの幹をもつ木が上へと伸びている。根元の周囲は敷石で覆われていたが、長い年月で木が生長したからであろう、所々で暴れるように根がうねってめくれあがり、亀裂が入っていた。幹には注連縄(しめなわ)が張られていて、葦原が視線を移すと幹に合わせて綺麗に天井がくりぬかれていて再び驚いた。二階か三階に上がればおそらく枝葉が伸びている様子が見られるはずだと想像できたが、雨は漏っておらず、どういう構造になっているのか興味を惹いた。

「……〝ご神木〟。初めは誰でも驚く」

 声のする方を見やると、壁を背にしたデスクに中年の男性が座っていた。口元はマスクで隠れていてどんな表情をしているのかまではわからなかったが、眉間に薄く皺が寄っていたので、笑顔ではないのだなと葦原は思った。

「外からじゃ建物の中に木が生えているなんてわかりませんでした。こんな部屋で仕事できるなんて、ちょっと新鮮です」

「傘を差してきたんじゃ、見えようもない。それに新鮮だなんて言えるのも今のうちだけだ、すぐ慣れる」

 葦原は適当にお愛想を言ったのを質(ただ)された気持ちになって、口をつぐんだ。男の視線が葦原の手元に注がれている。さっき適当に巻いたせいで、傘の先から雫が床へと垂れていた。ドライな物言いをされたのはこれを見咎めてのことなのかもしれない。周囲を見回して傘立てを見つけると、葦原はそこに傘を捻じ込んだ。

「恐れ入ります。葦原アサヒです。大黒(おおぐろ)課長ですね。よろしくお願いします」

「今日から一年。よろしく」

 そう言うと大黒はデスクにあった紙を一枚、葦原に手渡した。

「紙……何の書類ですか? 転属の通知や仕事に必要なドキュメントなら全部ここに」葦原がカバンの中のノート型端末に手を伸ばそうとすると、大黒はゆっくりと首を横に振った。

「違う。ハンコが要るやつだ。早速の使い走りですまないが、本庁舎を回ってハンコもらってきてくれないか」

「ハンコって、何です? 表彰状に押してあるアレですか?」

「知らない世代か。二十年くらい前に表向きには撤廃したんだが、その〝アレ〟を決裁に使うんだ」

「すんません、ちょっと意味がわからないです」

 大黒はそれを聞いてため息をつき、口元を覆っていたマスクが膨らんだ。

「電子決裁だと起案から何から全部履歴が残る。それ以前に、企画のやりかけで諦めたものも全部。だから経緯を残したくないものは紙でやる」

「そんなの前いた部署でも聞いたことがないです。紙の書類がもし発生しても、文書課へ提出した後にスキャンされて公開されるのが原則ですよね」

「あるんだよ、まだここには」と大黒は紙面に二列に並んだ押印欄を指差し、「誰が責任をとるのか暈(ぼか)してわからなくする仕組みってのが」と続けた。

 葦原は受け取った紙面を眺め、暗号化されたデータの調査について、各部局へお伺いを立てる内容であることを把握した。それから、並ぶ押印枠の最後を見て声を上げた。

「知事の欄がありますよ!」

「そりゃあるよ。決裁を何だと思ってんだ」

「いや、知事に直接お会いしたことないですし」

「秘書官でいい。あらかじめ内容は内線で伝えてある」

「内線って、記録に残らない音声通話は基本的に使っちゃいけないって教わったんですが、それにデータの調査にこんなに大人数の承認が要ります?」

「要るよ。量子テレポーテーションでデータが欠落した疑いがある。しがらみだらけの中での調査になるからな」

「量子テレポーテーション……」

 次々にわからない言葉が出てくる。

「気にしたことすらないだろうが、国や自治体の基幹ネットワークで使ってんだ」

「データが欠けることなんてあるんですか」

「あり得ないから調べるんだ。住民のデータが一人分まるっと、この世界からなくなったんだからな」

「住民のデータ……」

「それも〝ご本人様〟は失踪中。警察に捜索願を出そうとした家族が、本人のデータが区役所で照会できなくて手続きに手間取っているらしい」

「それで調査するんですね」

「そうだ。雨の中すまないが、終業までに回りきれなかったら戻ってきていい」

 そこまで聞いて、葦原はデジタル推進課という言葉から勝手に抱いていたイメージとは全然違う部署に来てしまったのだと思った。

 そして「課長、この部署ってぶっちゃけ、何の仕事してるんですか」と率直に尋ねた。

「俺がここに来てからはもっぱら残務整理だよ。この二十年のデジタル化でこぼれ落ちたモノを拾ってる」

(続く)

※この物語およびこの解説はフィクションです。

〈設定解説〉

●道州制の導入:DXが進むと市町村といった「基礎的自治体」はデジタル化で一層きめの細かい業務が行なえるようになり、従来の都道府県の役割は国が充分担えるほどに変化していくと考えられ、広域自治体の定義変更も議論となるだろう。

●第七世代移動通信システム(7G):この物語では6G(100Gbps~1Tbps)の先の7Gが普及しはじめた世界を想定している。未来における通信は、データが空中に遍在していて、欲しいときにリアルタイムで情報をキャッチすることができるのではないか。

●量子テレポーテーション:この物語の世界では、行政の基幹ネットワークに「量子ネットワーク」が採用されている。量子通信は究極の暗号通信と考えられており、そのネットワークには量子テレポーテーションが使われている。これは「量子もつれ」の状態にある2つの粒子の片方が変化したとき、もう片方も同じ変化をすることを利用している。長距離通信には向かないため、専用の光ファイバーは鉄道の敷地を利用して敷設している。また、この世界では関ヶ原で東西のネットワークが分断されている。

沢しおん(Sion Sawa)
本名:澤 紫臣 作家、IT関連企業役員。現在は自治体でDX戦略の顧問も務めている。2020年東京都知事選にて9位(2万738票)で落選。

※本記事は、雑誌「DIME」で連載中の小説「TOKYO 2040」を転載したものです。

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