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話題のDX小説第4話【TOKYO 2040】迷子のデジタルデータ

2021.07.04

コロナ禍を機に一気に加速する「DX」だが、行きつく先にはどんな未来が待っているのか。昨年の東京都知事選にも立候補した小説家・沢しおんが2040年のTOKYOを舞台にIT技術の行く末と、テクノロジーによる社会・政治の変容を描く。

※本連載は雑誌「DIME」で掲載しているDX小説です。

第3話はコチラ

第2話はコチラ

第1話はコチラ

【これまでのあらすじ】
 二十年のうちにデジタル化が浸透した二〇四〇年の東京。一年後にその役目を終えることになった都庁の「デジタル推進課」に葦原アサヒが異動してくる。近未来を絵に描いたような時代に似つかわしくない昭和建築の「分庁舎《はなれ》」では、デジタル化からこぼれ落ちたモノを巡って調査が始まろうとしていた――。

第4話 迷子のデジタルデータ

〝前時代的な〟ハンコによる決裁で、「住民データ消失および本人失踪事件」の調査が承認された。データ消失についてはデジタル推進課が主導し、本人失踪については警察からの要請に基づいて協力するということになった。

 映像会議中に、すぐに調査に着手してよいかという質問が課の職員から上がる。

「これって、原因の見当はついているんですか? 二年前は何が起きてたんですか?」

 それを受けて他の職員も続けた。

「当時は大変だったんだよ。あの頃はデータが迷子になってるなんて思いもよらなかったからな」

「基幹ネットワークから試験施設のローカルネットワークに飛んでたんだっけ」

「それをつきとめるのも、政府が推進したブロックチェーンの堅牢さが、かえってアダになって時間がかかったようなものだからな」

「昔いろんなアプリで個人情報漏洩があった反動でしょ。まあ、漏れるよりはいいよ」

「すみません」と、葦原は口を挟んだ。

「ブロックチェーンになってるデータが消滅することなんてあるんですか?」

「基本的にはない。住民の死亡時も、死亡したというデータに書き換えるだけで、なくなるわけじゃない。それに量子コンピュータと量子ネットワークの組み合わせは鉄壁で、クラッキングで消されることもない」

「それは聞いたことがあります。コピーも存在できないんですよね」


 一般的に広く用いられているコンピュータのデータは、現実の物質と違ってコピーを作成することができる。

 一九七〇年代後半からマイコンと呼ばれ、家庭でも身近になったコンピュータ。時代が下るに従って搭載されたオペレーティング・システムは、データをコピーすることを旨としていた。

 例えば、コンピュータ内のデータを表示させるには、ディスクからメモリへ、メモリからモニタへと必要に応じてデータがコピーされる。人間がキーボードを使ってファイル内容を作成する場合も、コンソールからメモリへ、メモリからディスクへとコピーを作成する。これが最終的に「ファイルの保存」と呼ばれる動作だ。

 一九九〇年代後半に隆盛し、インターネットの代名詞となった「Webブラウジング」も、遠隔地にあるWebサーバー上のデータを、プロトコルにのっとってサーバーからサーバーへとリレーし、手元の端末までコピーを届けている。そしてSNSの登場でデータはコピーにとどまらず、さらなる拡散を生んだ。

 そこから二〇一〇年代にブロックチェーンの利用が始まり、あるデータがオリジナルかコピーかを分散コンピューティングによって証明できるようになった。ブロックチェーンの登場でデータは改竄(かいざん)に強くなり、とりわけNFTのデータは「代替不可能性」をもって唯一のものとして扱われ、移動や変更の履歴を追えるようになった。


 そこから三十年のうちに、量子コンピュータが登場したことでコンピュータによる演算の概念が変わった。ブロックチェーンも新世代と呼ばれる仕組みが登場したことで、それまで以上に堅牢なデータ流通が実現した。

 並行して、都道府県を結ぶ広域自治体の基幹ネットワークは量子テレポーテーションを利用したものに置き換えられ、信号の伝送距離を延ばすため、国内に中継所がいくつも設置された。


 一気に進んだデータとネットワークを取り巻く環境だが、それまでにない問題も起こった。

 量子ネットワークに載せた新世代のブロックチェーンデータにおいて、例えば空港でロストバゲージが発生するように「世界のどこかにあるはずなのに、見当たらない」という事故が発生するようになったのだ。


「今回の件は失踪した住民の親族が役所に何かを確認した際に、もともと発生していたデータ消失に気づいたんだろう」

 だから本人失踪とデータ消失は関係ないんじゃないか、と課長の大黒は説明した。

 それを聞いて葦原は、二年前の知見があるならデータ消失の件については案外すぐ解決するのではないかと考えた。


 会議がまとまってすぐ、大黒は葦原へ研修を受けるように指示した。

「デジタル推進課のチュートリアルがVRメニューにあるから、それを受けてもらいたい」

「昨日は本庁舎を回るので精一杯でしたし、了解です」


 葦原がヘッドセットのモードを切り替え『デジタル推進課 業務チュートリアル』にアクセスした。

 まだこの仕組みがない頃は、人をセミナー室に集めて対面でのオリエンテーションや、期間をかけての研修をしていたのだという。

 そこから二十年前のCOVID-19対策でウェビナーが主流となり、今ではVRでOJTさながらの体験ができるようになったというわけだ。

『デジタル推進課の業務チュートリアルを開始します』

 PA端末と同じ聞き慣れたAI音声がヘッドセットから流れる。

『デジタル推進課は、二〇二一年のデジタル庁発足を受け、都民の生活、都庁職員の業務、都の地域行政の三分野において、DX=デジタル・トランスフォーメーションを促進することを目的として設置されました』

 デジタル推進課の変遷が体験型の映像として語られた。地方公務員の業務は地方自治法や各種規則で厳密に定められているが、この二十年で大きく変わった。デジタル化にあわせて変わったということではなく、COVID-19で生活や仕事への向き合い方を変えざるを得なくなったところに、デジタルツール活用の波が一挙に押し寄せたということだった。


 チュートリアル中に、メッセージの新着表示が隅に現われた。VR空間で手を伸ばして表示に触れると、大黒からのビデオメッセージだった。

「例の人が消えた件。親族の方がウチの課を訪ねて来たいと言っているそうだ。今、情報公開課から連絡があった」

「来るって、普通そういうのは市役所か区役所の窓口ですよね」

「区役所の窓口で、都庁へ行けば何かわかるかもって言ってしまったらしい」

「すでにチャットボットからの返答じゃ満足できなかったってことか……」


 デジタル化によって住民は窓口へ行かずに様々な手続きができるようになっている。文字や音声あるいはVRのいずれでも、チャットボットや専用のQ&Aを学習したAIキャラクターが応対するので、どの手段を使ってもスムーズだ。

 基礎的な住民データは基幹ネットワークでセキュアに扱われ、AIはそれを参照する。応対している住民がこれまでにどのような状況で窓口を訪れたのかを知り、隅々まで行き届いたケアをする。

 AIの配備は職員の業務削減に大きく役立ったが、やはり「それでは気が済まない」住民には窓口での応対が必要だった。

 今回の件は、それに加えて区役所からの「たらい回し」なので、対応は慎重にならざるを得なかった。

「そうしたら、その日はテレワークじゃなく出た方がよいですよね?」

「情報公開課が窓口になるということだから、本庁舎に行って協力して対応にあたってくれ」

「分庁舎《はなれ》じゃないんですね」

「〝カッコご神木〟は一般向けには公開してないんだよ」

 画面の中の大黒が、意味ありげにニヤリと笑った。

(続く)

※この物語およびこの解説はフィクションです。

〈設定解説〉

NFT:ブロックチェーンにおけるノンファンジブルトークン(Non Fungible Token)の略語。「非代替性」「代替不可能性」などと訳され、唯一無二のデジタルデータとして、ブロックチェーンの仕組みを用いて流通させることができる。最近ではツイッター共同創業者兼CEOのジャック・ドーシー氏が自身の初ツイートをNFT化してオークションにかけ、約3億円で落札されたほか、NFTのデジタルアートに高値がつく事例が増えてきている。日本でもNFTを取り扱うマーケットサービスにIT関連企業が続々と参入している。

沢しおん(Sion Sawa)
本名:澤 紫臣 作家、IT関連企業役員。現在は自治体でDX戦略の顧問も務めている。2020年東京都知事選にて9位(2万738票)で落選。

※本記事は、雑誌「DIME」で連載中の小説「TOKYO 2040」を転載したものです。

この小説の背景、DXのあるべき姿を読み解くコラムを@DIMEで配信中!

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