■連載/あるあるビジネス処方箋
前回、前々回と解雇をテーマに書いたが、今回は解雇(普通解雇)となった50代後半の男性やその周辺の人間関係から、「恐怖による支配」について私の視点で紹介したい。会社員の読者にとって何らかの参考になるのではないか、と思う。
私がはじめに気にかけたのは、解雇にする1年程前から男性と同じ部署(60人程)にいる同一チームの10人前後の心身の状態がしだいに悪化していくことだ。気分が悪いとして休暇をとったり、人間関係がぎくしゃくしていた。口論になるケースも増えてきた。男性が入社する前は人間関係は総じてよく、口論はなかったという。
その話を会社の総務部から聞いた私は、男性の他の社員たちへの徹底した批判、非難が露骨すぎるためにチームワークを破壊したのだと考えた。
男性は、10人全員を本人がいないところで繰り返し批判した。例えば、「あいつのガラスの拭き方は素人。拭いた後を見ると、曇りが残っている」「廊下の隅にゴミが残っていた。ゴミを発見するのが、プロの掃除」などだ。その通りなのかもしれないが、何度も言われると、ほとんどの人は思うはず。「私もこの人(男性)から、影で悪く言われているのだろう」。
恐怖心からなのか、10人程は次第に男性のご機嫌をとったり、媚びるようになる。本来は上司が注意指導を厳しくすべきだったが、していない。それどころか、間違ったメッセージを送っていたようだ。例えば、「〇〇さんはベテランだから、ぜひ、教えてあげてほしい」などだ。
男性は過激になる。本人の前で大きな声で叱ったり、ののしったりする。10人程は委縮し、男性が事実上、リーダーとなる。「俺様を誰だと思っているんだ!」とドラマのような発言を繰り返したという。
男性は一般職であり、部下などいない。周囲を抑えつける権限はない。一定のキャリアがあるだけに、仕事の知識は他の社員より豊富であったのかもしれない。しかし、組織人としての常識を心得て行動ができないのが致命的だった。
私は解雇に賛成した。最も好ましくないと考えたのは暴力主義的な気質だ。周囲を批判、非難し、罵倒し、委縮させる。恐怖心による支配をしようとする者が現れた時に、役員など会社を代表する立場の人は厳しい姿勢で臨むべきだ。避けるべきは、その社員を野放しにすること。
突然、解雇にすることは避けるべきで、まずは注意指導を繰り返す。なおも、周囲を脅す物言いで抑えつける場合、業務命令違反文書を渡したり、始末書を書かせたりすることも必要だ。改善が見られない時には解雇を検討すべきだろう。
周囲を批判、非難し、時に罵倒し、委縮させること自体が恐怖心を煽っている。私の観察では、こういう社員は新卒時の入社の難易度が業界内でC級以下(ランキングで20番以下)に集中している。特に難易度が下がるほどに増える。得てして、下位になるほどに新卒者の採用や定着、育成は杜撰になる。
例えば、5年程前から業界紙で3年程、20代の男性の編集者と組んで仕事をした。この男性も今回、取り上げた男性と性格や気質、トラブルメーカーであることは似ていた。この業界紙はC級以下に位置するだけあり、役員や管理職のマネジメントのレベルが相当に低い。男性の編集者を野放しにしていたが、本来は解雇にすべきと私は思う。過去30年ほどで接した編集者の中では、最も悪質なトラブルメーカーだった。
一部の経済雑誌やビジネス雑誌、ニュースサイトが報じるように「解雇規制」は実は存在しない。解雇をしてはいけない、といった法律やルールはない。裁判の判決、判例を確認すると、不当解雇になりうる事例は多数ある。確かに会社は解雇する際に「社員に裁判に訴えられたら、会社が不利になる」とひるむかもしれない。
だが、恐怖による支配を認めたことで、そんな社員らに社内を乗っ取られるようではもはや、会社とは呼ばない。正直者が馬鹿を見ないようにするためにも、解雇は選択肢の1つとして常に考えていくべきだ。やはり、会社員には不向きな人はいるのだ。
前回、前々回の記事に目を通すと、私が関わった解雇についての全容がご理解いただけると思う。存在しない「解雇規制」に影響を受け、思考停止をするのはナンセンスだ。職場の秩序をいかに守り、納得感を感じて働く人をどのようにして増やすか。人事には、この視点こそが必要なのではないか。
文/吉田典史