■連載/あるあるビジネス処方箋
「大企業はバンバンと倒産し、失業者がどんどんとあふれかえっている」「大きな会社だってとんどんと消えて、社員が大量に辞めている」…。
私がこういう言葉を聞く機会が増えてきたのは、1997年だった。当時、三洋証券、山一證券や北海道拓殖銀行が経営破たんした。新聞やテレビが大々的に報じ、社会的な関心事となった。20代だった私も解雇や退職強要をテーマに取材を繰り返した。「大企業だって倒産する」「大企業の社員が次々と辞めさせられている」などと、巷で聞くようにもなった。
今に至るまで確かに大企業の倒産をマスメディアで見聞きすることが多い気がする。毎年、就職活動が始まる頃やそのシーズン中、前述の言葉やそれに意味合いが近いことを聞く。テレビ番組では、企業経営の自称・専門家や自称・経営コンサルタントがコメンテーターとして同じ意味合いのことを語る。労働問題を専門に取材をしてきていないはずの全国紙の記者や論説・編集委員やそのOBらも口にしている。
果たして、「識者」らが唱える一連の言葉は事実なのか。私は、一貫して疑わしいと思っている。結論から言えば、ある一面を言い当てているのかもしれないが、広い視野で見ると事実誤認であり、デマゴギーの疑いがある。
そのような間違った認識に感化され、読者諸氏は新卒や中途の採用試験を受けるべきではないと思う。後々、後悔する可能性が高い。そこで今回は、「大企業はバンバンと倒産し、社員がジャンジャンと辞めている」のかどうかをテーマとしたい。
上場企業の倒産状況
次のデータをご覧いただきたい。東京商工リサーチの調査「2019年「上場企業」倒産状況(速報値:12月27日15時現在)」に、「1989年以降の上場企業倒産の年次推移」のデータがある。
この場合の「上場企業」とは、「東証第1部」「東証第2部」「マザーズ」「JASDAQ」などに上場している企業を意味する。最も多いのは東京証券取引所で、3728社(日本取引所グループ調べ 2020年10月)。中小企業基本法の定義によると、上場企業の8~9割は大企業の分類に入る。従って、このデータを見ると大企業の倒産の実態がある程度は見えてくるはずだ。
東京商工リサーチのホームページ・公開日付:2019.12.27)から一部を以下に転載する。
「2019年の上場企業倒産は、民事再生法の適用を申請したパン・ラスク製造の(株)シベール(負債19億5,900万円)の1件だった」
「上場企業の倒産は、「昭和」が95件(判明分)、「平成」は昭和の2.4倍の234件が発生した。上場企業の倒産が最も多かったのは、リーマン・ショックの起きた2008年で33件発生。2009年も20件発生した。だが、2011年以降は急激に沈静化し、2017年は2件、2018年も1件にとどまった。」
http://www.tsr-net.co.jp/news/analysis/20191227_01.html
これらを見ると、「大企業がバンバンと倒産している」と言い切るのは難しいのではないか。確かに2000∼04年や2008∼09年のリーマン・ショックの直後は、2桁だ。特に08∼09年の2年間は、計55件になった。だが、これら以外の年はおおむね1桁。これで果たして「バンバン」と言えるかどうか、だ。
「大企業はバンバンと倒産」しているならば、「中小企業やベンチャー企業はバンバンバンバンバンバンと倒産している」と私は見る。その見立てが事実であるかを確認したい。
資本金別の倒産状況
会社の規模を見るとき、資本金は1つの判断基準になる。東京商工リサーチ「2019 中小企業白書」によると、2019年の倒産企業の資本金別は、以下の通りだ。
・1千万円未満(個人企業他を含む)が5,602件(前年比4.4%増)
→年次倒産に占める構成比は66.8%(前年65.1%)
・1千万円以上5千万円未満が2,502件(同3.4%減、同29.8%)
・5千万円以上1億円未満が221件(同1.3%減、同2.6%)
・1億円以上は58件(前年比1.7%増、前年57件)
資本金5千万円未満が、全倒産企業の95%近くを占めている。これを踏まえると、「大企業はバンバンと倒産」と言いきるならば「中小企業やベンチャー企業はバンバンバンバンバンバンと倒産している」と捉えるのが自然ではないか。
従業員数別の倒産状況
今度は、従業員数別で捉えたい。東京商工リサーチ「2019 中小企業白書」によると、2019年の倒産企業の従業員別は以下の通りだった。
・5人未満の6,210件(前年比1.4%増)だった。
→年次倒産の構成比は74.0%で、2014年以降、6年連続で70.0%を上回り、過去30年では2018年(74.3%)、2017年(74.1%)に次ぐ3番目に高い水準。
・5人以上10人未満が1,137件(構成比13.5%、前年比1.6%増)
・10人以上20人未満が622件(同7.4%、同1.3%増)
・20人以上50人未満が334件(同3.9%、同7.7%増)
・50人以上300人未満が77件(同0.9%、同11.5%増)
・300人以上が3件(同0.03%、前年ゼロ)
従業員数が増えるにつれて、件数が減っている。「大企業はバンバンと倒産」しているならば「中小企業やベンチャー企業はバンバンバンバンバンバンと倒産している」と捉えるのが通常の感覚ではないか。
以下は、東京商工リサーチの「2019 中小企業白書」だ。参考になるので、ぜひご覧いただきたい。
https://release.nikkei.co.jp/attach_file/0526691_03.pdf
「2019 中小企業白書」で、私が特に気になったくだりを紹介したい。
「リーマン・ショック以降は、倒産の沈静化とともに上場企業倒産も減少の一途を辿り2014年と2016年は発生ゼロ、2018年と2019年は1件のみの発生で、低水準が続いている。」
「従業員10人未満は7,347件(構成比87.6%)で、小規模・零細企業が8割以上を占める状況に変わりない。」
「全倒産の件数に占める中小企業倒産の割合は99.9%だった。」
離職率
大企業の社員が「ジャンジャンと辞めていく」のかどうかの1つの基準は、離職率となる。すでに本連載の過去掲載の記事「なぜ、一流企業やメガベンチャーの新卒採用は優れているのか?」で紹介したが、おさらいの意味を込めてあらためて下記を紹介したい。
「確かに大企業において新卒で入社し、3年間で退職する人が相当数いる。例えば、下記は厚生労働省の調査「新規学卒者の事業所規模別・産業別離職状況」の結果だ。平成15年から平成30年まで、大卒の新卒者の離職率を勤務する会社の規模別に示したものである。小さな会社は1000人以上(通常は大企業として扱う)の事業所の離職率が他と比べ、全般的に高いことがわかる。
https://www.mhlw.go.jp/content/11650000/000556488.pdf
大企業でも辞めていく新卒の社員はいるものの、実は中小企業でははるかに離職率は高く、大量に辞めているのだ。」
次に、新卒入社3年以外の社員を含めた大企業の社員が「ジャンジャンと辞めていく」のかどうかを確認したい。下記は、中小企業庁のホームページ掲載のデータ(厚生労働省「雇用動向調査」)で、常用労働者(パートを除く)の離職率「企業別常用雇用者の離職率の推移」を見たものだ。これを見ると、大企業・中小企業ともに離職率は減少傾向にあるものの、中小企業の離職率は大企業と比べて総じて高いことがわかる。
以下の中小企業庁のホームページに、さらにくわしい結果がある。ぜひご覧いただきたい。「中小企業やベンチャー企業の社員がバンバンバンバンバンバンと辞めている」姿が浮き彫りになってくるはずだ。
https://www.chusho.meti.go.jp/pamflet/hakusyo/H27/h27/html/b2_2_2_2.html
さらに言おう。私がこの30年ほどで取材してきた労働組合ユニオンや厚生労働省の雇用均等室、労働基準監督署が労使紛争として扱う案件(解雇、退職勧奨、退職強要、パワハラ、セクハラ、賃金不払いなど)の6∼9割は中小企業やベンチャー企業だった。
下記は、労使紛争などの解決を図る東京都労働相談情センター(旧 労政事務所)のホームページだ。労働相談の内訳が載っている。規模の小さい会社が大企業よりは相談件数が多いことがわかる。
https://www.hataraku.metro.tokyo.lg.jp/soudan-c/center/consult/monthly.html
いかがだろうか。今回取り上げた内容は、人事労務に深く関わる人の大半が心得ているはずだ。だが、言論の自由を楯に、事実関係に誤りのあることや事実誤認を繰り返し吹聴する「識者」がいるのも事実だ。
新卒であれ、中途であれ、就職が人生で大きなウェートを占める以上、それを語る場合、事実に反しない内容やわい曲しないことが要件となる。果たして、本当に「大企業はバンバンと倒産し、社員がジャンジャンと辞めている」だろうか。読者諸氏が、創り込まれた言論や報道に感化され、誤った判断をしないでほしいと思う。どうか、あなたにとっていい会社と出会ってもらいたい。
本連載ではそのような思いで、以下を書いてきた。機会があれば、ご覧いただきたい。
・なぜ、新卒のエントリー者数が増えるほど会社は強くなるのか?
・一流企業やメガベンチャーは、なぜ新卒採用にこだわるのか?
・なぜ、一流企業やメガベンチャーは「通年採用」に消極的なのか?
・なぜ、一流企業やメガベンチャーの新卒採用は優れているのか?
・なぜ、社員1名を採用するのに応募者1名だけではダメなのか?
文/吉田典史