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一流企業やメガベンチャーは、なぜ新卒採用にこだわるのか?

2020.10.14

■連載/あるあるビジネス処方箋

本コラムで掲載した「なぜ、社員1名を採用するのに応募者1名だけではダメなのか?」「なぜ、一流企業やメガベンチャーの新卒採用は優れているのか?」「なぜ、一流企業やメガベンチャーは「通年採用」に消極的なのか?」をお読みいただくと、疑問が湧いてくるのかもしれない。

例えば、次のように思うのではないだろうか。私が20代の頃、1990年代に頻繁に感じたことでもある。「そもそも、なぜ、一流企業やメガベンチャーは新卒採用を続けるのか。ゼロから育てるよりも、中途採用で即戦力を雇う方が様々な意味でメリットがあるのではないか…」

結論から言えば、中途採用をメインにすると部署やグループの組織作り(チームビルティング)が難しくなる可能性が高くなるのだ。私の観察では、中途採用者は社外の世界を知っていることもあり、新卒者に比べると総じて定着率が低い。転職した会社に入れば、「こんな仕事の仕方は間違い」などと思い、「隣の芝は青い」の心理となり、また他の会社に転職を考える場合がある。

一方で、新卒者は外の世界を知らない。従って社風や文化、様々な仕組みや配属部署での仕事を比較的素直に受け入れる。入社後早いうちに組織の一員として行動をとるような傾向がある。仕事を覚えるスピードも相対的に速い。20代後半から30代前半のある意味で中途半端なキャリアの中途採用者(例えば、転職を数年ごとに繰り返す人)よりは、新卒で入社し、5年程が経った20代後半の社員の方が仕事力は総じて高いと私は思う。例えば、今をときめくメガベンチャーが創業数年以内に業績が拡大した頃から、新卒者を積極的に採用してきたのは、部署やグループの組織作りを急ピッチでしようとしたためだ。

今回は、「なぜ、一流企業やメガベンチャーは新卒採用にこだわるのか?」をテーマに私の考えを紹介したい。

約4割が「中途入社者の定着率が低い」と回答

まず、興味深い調査結果を知ってほしい。エン・ジャパン株式会社が運営する人事向け総合情報サイト『人事のミカタ』は、2019年1月30日~2月26日に、「中途入社者の定着」についてアンケート調査を実施した。同サイトを利用する企業のうち、直近3年間で中途入社者(正社員)がいる企業を対象に693社から回答を得た。

693社の従業員別の内訳は、次の通り。1~49名:256社、50~99名:144社、100~299名:165社、300~999名:89社、1000名以上:39社。

「自社の中途入社者の定着率について、どのように捉えているか」を聞くと、37%が「定着率が低い」(低い:30%、とても低い:7%)と回答している。「定着率が低い」と回答した割合を業種別に見ると、「流通・小売関連」が51%(低い:36%、とても低い:15%)、企業規模別では、「1000名以上」が48%(低い:38%、とても低い:10%)と最も高かった。

(企業規模別)

提供:総合情報サイト『人事のミカタ』エン・ジャパン株式会社

従業員規模を問わず、すべての規模で「定着率が高い」よりは「低い」と回答している方が多いことに気がつくだろう。これは、私の30年程の取材で感じ取っている実感値とも同じだ。取材で接した大企業から中小企業までの人事担当者(責任者を含めると、500∼700人)で、「中途採用者の定着率は当初想定していたよりも高い」と明言した人は1人もいない。

「定着率を上げるのは最大のコスト削減」

私が20代の頃に取材したメガベンチャーの人事担当役員が話していたのが、「新卒、中途を問わず、定着率を上げるのが最大のコスト削減」だ。これも、言い得て妙なのだ。

次は、『エン転職』を運営するエン・ジャパン株式会社が、中途社員1名が入社後3ヶ月で離職した場合の損失額を独自に算出したものだ。

提供: 『エン転職』 エン・ジャパン株式会社

これは、「平均月収を25万円」と算出しているようだ。30代以降の社員を中途採用で雇うと、通常、この額よりは上になるだろう。そして3ヵ月以内に辞めると、総計の「187万円」は増えるはずだ。在籍期間が延びるほどに、通常、損失額は増える。30代前半で入り、2年程で退職すると数千万円になる場合もあるだろう。

新卒であれ、中途であれ、退職までにスムーズに進むケースは少ない。例えば、人間関係の摩擦、顧客や社員、取引先とのトラブル、やる気を失ったりして仕事上の問題が繰り返される。これらが積み重なり、退職に至る可能性が高いと私は思う。退職までに本人が漂わせるしらけた雰囲気や冷ややかなムードが、職場に蔓延する。周囲も腫れ物に触るかのように接することがある。他の社員の心や意識にマイナスの影響を与える。

部署や会社の業績に悪影響を及ぼす。社員の連鎖退職(次々と辞めること)、リストラに発展するかもしれない。社員の士気やモラールが下がり、データ流出や不正行為、犯罪やその類似行為、労使紛争になる場合もあるだろう。ここまで含めると、もはや、数千万円の損害ではすまない。

だからこそ、先見性のあるベンチャー企業はリスクマネジメントの一環としても、創業後、早いうちに新卒採用をスタートする。コストを削減するためにも、強い会社や部署にするためにも、レベルの高い新卒採用活動を展開しようとするのだ。その1つが、母集団形成である。母集団形成については「なぜ、一流企業やメガベンチャーの新卒採用は優れているのか?」「なぜ、一流企業やメガベンチャーは「通年採用」に消極的なのか?」で紹介した。ぜひ、ご覧いただきたい。

「新卒採用活動はいばらの道」

前述のメガベンチャーの人事担当役員が取材時に話していたのが、次のことだ。「無名のベンチャー企業である私たちにとって、大卒の新卒採用活動はいばらの道。大企業やメガベンチャーには絶対に勝てない。同じ土俵(「一括採用」のこと)に上がったら、吹き飛ばされる。だから、採用試験の時期を夏や秋にずらすなどして工夫をしないといけない」。

これは、20年程前の話である。今も業績が大企業やメガベンチャーに比べると見劣りし、知名度が低く、学生から人気があまりないベンチャー企業は多い。こういう企業はエントリー者を増やし、精度の高い試験をして有望な人材を獲得するのは難しい。まさに、いばらの道なのだ。それでも、リスクマネジメントやコスト削減、組織作りのために挑戦をする。だからこそ、大企業やメガベンチャーを否定したり、あえて違うことをして、学生たちを振り向かせようとするのだろう。その1つが、「通年採用」とも言える。

新卒として入社し、3年以内に退職する社員の離職率をあらためて紹介して今回のコラムを終えたい。すでに「なぜ、一流企業やメガベンチャーの新卒採用は優れているのか?」でも紹介したが、大切なデータだと私は思うので再度、載せたい。

平成28年度(2016年)の入社3年以内の離職率 

参照:厚生労働省「新規学卒者の離職状況」
提供:『エン転職』 エン・ジャパン株式会社

通常、大企業は事業規模が「1000人以上」、メガベンチャーのほとんどは「500~999人」のクラスよりも上である。その下の499人以下の会社(事業所)に、ベンチャー企業や中小企業がひしめく。通常、中小企業は300人以下とするケースが多い。中小企業基本法(第 2 条)に中小企業の定義があるので、参照いただきたい。

特に99人以下とそれ以上の企業の離職率を比べると、その差は歴然としていることがわかるだろう。こういう規模のベンチャー企業や中小企業が盛んに「通年採用」をする事情が見えてこないだろうか。これらの経営者や役員、人事の責任者が「一括採用」を批判する理由も察しがつくのではないか。このレベルの企業では「一括採用」をしたところで、大企業やメガベンチャーには到底、かなわない。ある意味で野党的なスタンスを取るしかないのだ。そうしないと、学生を振り向かせる術がないとも言える。

今回は辛口な内容になっているのかもしれないが、私としては、就職を考える学生にこういう背景をあらかじめ心得ておいてほしい、と切に願っている。炎上を意識し、あえて刺激的なことや耳障りのいいことを伝える識者やメディアに感化され、人生の大切なステージで損をしてほしくないからだ。

文/吉田典史

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