「世の中の意思決定の仕組みを解き明かす“注目のゲーム理論とは何か。『16歳からのはじめてのゲーム理論』の著者で、現在、カリフォルニア大学バークレー校で教鞭を執る鎌田雄一郎氏に、コロナ状況下における郊外引っ越し計画や採用問題を例に説明してもらったのがこちら(その1とその2)。最後に、もっと身近な価格設定における考え方を指南してもらった。
鎌田雄一郎/1985年生まれ。2007年東京大学農学部卒業。2012年ハーバード大学経済学博士課程修了。現在、カリフォルニア大学バークレー校准教授。専門はゲーム理論、政治経済学。既刊に『ゲーム理論入門の入門』(岩波新書)。
競合店が値下げしたらどうするか?
『16歳からのはじめてのゲーム理論』には、競合店が出店したときの価格設定の考え方も指南されている。ナッシュ均衡の考え方が出てくる話で、文系の記者にも比較的、理解しやすいものだった。
内容を簡単に紹介する。
——ある街で長年つづくEさんのケーキ屋。一番人気はチーズケーキで1個350円。ある日、駅裏に新しいケーキ屋がオープンした。こちらの目玉ケーキはモンブランで、1個340円とE店より10円安い。Eさんはチーズケーキの値を下げるべきか、それとも350円を維持するべきか?——–
価格競争を続けるとどうなるか。
「価格競争の末に値段が材料費まで下がる、というのは遥か昔1883年に数学者のジョセフ・ベルトラン氏が、(中略)提唱した理論です」(76ページ)
つまり利益が出ないので共倒れする。
Eさんの店が330円に値下げする → 駅裏店 320円に値下げする → E店が310円に値下げする →→→ 値下げ競争が延々つづいて共倒れという流れだ。
しかし、実際に共倒れするまで価格競争が続くケースはマレだ。なぜ共倒れにならないのか? お互いが相手のアクションを読み合うとどうなるのか? 物語が理論を紐解いていく。
「競合が2店、3店と増えた場合にもゲーム理論は使えます。その分、複雑になりますが。この場合も必要なのは、自分が値下げしたら相手はどんなアクションを選ぶのか、相手がまた値下げしたら自分はどんなアクションを選ぶのかを予想することです」
人はどれだけ理論からズレるのか?
相手がどう考え、どうアクションするかを予想することがゲーム理論を進めるコマになる。しかし、素朴な疑問が沸く。予想の質は予想する人によって異なる。異なるものを理論に組み入れたら異なる結果が出るのではないか。同じ状況を同じ理論で考えて異なる結果が出る。おかしいのではないか? と。これについて鎌田氏はこう応える。
「そこがゲーム理論と他の人文科学との違いかもしれません。人はなぜそういう行動をするのかという疑問を、数学の手法で考えるのがゲーム理論です。相手の予想も数学で言語化できるので、普通にモデル化すると人によってばらつくということはありません。
ただし。ここがまたゲーム理論の面白さでもあるのですが、人の行動と、ゲーム理論で分析した結果がいつも同じわけではありません。問題が複雑になればなるほど、人の行動は分析結果からズレますし、ズレ方も人によって異なります。これは、複雑すぎて途中で考えがブレてしまうという人間の特性によるものだと思います。現実と結果のズレ加減を知ることで、人間の行動と理論のズレ方がわかる。ここが面白いですよね」
人間の特性や、世の中の意思決定のプロセスの解明に挑む学問のようだ。ところで、なぜ鎌田氏はゲーム理論の研究を志すようになったのか。
「子どものころから人の行動の背景に何があるのかに興味がありました。数学が好きだったので、その興味を数学的に解くゲーム理論に惹かれたのです」
人はなぜそういう行動をするのか。その疑問はすべての学問に通底する問いかけだろう。
「私は人間の行動に興味があるんですよ。だから知り合った人には仕事の仕方など、ものすごく質問しますね(笑) たとえば“銀行員です”と聞いただけでは、仕事の内容がイメージできませんよね。朝、銀行に行ったら何をするのか、メールをチェックするのか、コンピュータで計算を始めるのか、取引先と電話するのか、とか。そういう細か〜い話を聞くのが大好きです」
そうした日々の“聞き込み”のひとつひとつが、ゲーム理論で必要な、各々のアクションを予想する際のデータベースになっているのではないだろうか。
『16歳からのはじめてのゲーム理論』には数式はひとつも出てこないのだが、文系脳の記者には、やはりむずかしかった。しかし大きな収穫があった。「いろいろな視点をもつ」コツが詰まっている。
鎌田雄一郎著『16歳からのはじめてのゲーム理論』ダイヤモンド社 1600円(税別)
取材・文/佐藤恵菜