人間社会にも通じるサルとの距離感
「お互いに心地いい距離感を見つければいいんです。掃除や給餌等で飼育員がサル山にいても、敵ではないと認識してくれればそれでいい」
“お互いに心地いい距離感”、由村飼育員が語るニホンザルの飼育の考え方には、人間社会をうまく渡っていく上でも、相通じるところがあると感じた。
「僕ら飼育員は、サル山のニホンザルの群れの生態と行動を観察しています」
サル山の68頭のニホンザルを、彼を含め2名の飼育員で世話をしている。サルだけではなく、由村飼育員はバードケージ、カワウソ、アナグマ、コウモリ、魚類、ヘビの飼育の手伝もしている。
そして、サル山の日々の管理は尋常な仕事ではない。弱いサルも餌が十分食べられるよう、細かく切った餌の準備をして。サル山のニホンザルの中には、毛づくろいのやり過ぎが原因で、毛が抜けて過ぎて赤い地肌が目立つ個体もいる。なるべくサルを飽きさせないよう、またすべてのニホンザルに行きわたるように、日に5〜6回、餌をサル山に均等にまく。
掃除も重労働だ。サルはそこら中に糞をするから、雨の日でも幅22m長さ36mの楕円形のサル山を、掃除道具を手に歩き回らなければならない。
「遠足でサル山に来た子どもが、“臭い”と言うのはいいんですが、先生まで“臭い”と言うのはどうかなと思うんです。動物園が臭いのは当たり前ですから……」
生き物には臭いがある
“万物の霊長”である人間はすっかり清潔になり、においなどしないと思い込んでいるのだろう。だが本来、生き物にはすべてにおいがあるのだ。由村飼育員が語るとおり“動物園が臭いのは当たり前”だ。
普段、接することがない動物のにおいを感じ、生きていることを実感してほしい。それも動物園ならではの体験だ。飼育員の言葉には、そんな思いがこもっているのだろうと、私は感じた。
現在、多摩動物公園のサル山の最年長は、メスのミドリで33才。ニホンザルの寿命は長生きしても30才ほどだという。
「サルを含めて、担当する動物が300ぐらいいて、動物の死は自分の家族が死んだような悲しさとは違うわけで……」そういう由村飼育員のサル似の顔が、ふと曇った。
サル山のニホンザルの死は、彼にとって隣人をなくしたような寂しさを伴うのかもしれない。ふと、そんな思いが私の脳裏をよぎった。
取材・文/根岸康雄
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