動物園のシリーズ、第18回目はサル山のニホンザルである。開園61周年を迎えた多摩動物公園は、上野動物園の約4倍の広さである。その広大さ故なのか、多摩動物公園では群れで暮らす動物は、できる限り群れで飼育する、それが一つのポリシーである。
サル山の完成は1968年、香川県小豆島産のニホンザルの群れが放たれた。現在、群れの数は68匹。飼育員はサルの群れに、必要以上に介入することなく、ニホンザルと一定の距離感を保ち、日々の飼育にあたっている。
由村泰雄飼育員は上野動物園と多摩動物公園で、アジアゾウ、アメリカバイソン、インドサイ等の飼育と並行して、延べ23年ほどサル山の飼育と担当している。
サル山にボスザルはいない
「北限のサルと言われていて、霊長類の中で一番北に棲んでいます」由村飼育員は、ニホンザルの大きな特徴をそう語る。ニホンザルといっても地域差が大きい。ニホンザルの生息域は、南は屋久島から北は下北半島までと広い。
「屋久島のニホンザルは見た目が黒い。北の下北半島のサルは毛が白っぽくって、長く密度が濃くてフサフサしている。地域差が大きく、それを遺伝的に調べた研究者の論文もあります」
サル山というとボスザルの存在が気になるが、「ボスザルというのはいませんね」。
霊長類学者の伊澤紘生氏(宮城教育大名誉教授)は、長年ニホンザルの生態調査を続け、“群れの中で頼る、頼られるの関係はあっても、野生のニホンザルにボスザルを中心としたヒエラルキー社会は存在しない”と指摘。ニホンザルの生態研究に一石を投じたが、長年サル山を担当してきた由村飼育員も、その説の正しさを実感している。
群れが受け入れる個体とは
由村飼育員はサル山の担当を通して、ニホンザルの群れの特徴を実体験している。例えば上野動物園のサル山を担当していた時のことだ。生後1〜2ヶ月の子ザルが指の傷から菌が入り、破傷風にかかり動けなくなってしまった。
「身体はけいれんしてカチカチになって、口が閉じなくなってしまい、もうダメかなと思いました。動物病院に運んでお湯で温めたりして、地道な治療が功を奏して2ヶ月ぐらいで子ザルは無事退院できて、母親に返すことができた。母親も戻ってきた子ザルを抱いて、群れのニホンザルたちもしばらく留守した子ザルを受け入れました」
ところが、これとは真逆の体験もしている。動物園は栄養状態が良いので、野生より初産の年齢が下がる。3歳で妊娠して4歳で出産した場合、母親としてまだ成長しきっていないからなのか。母ザルは出産するとすぐに赤ちゃんを抱くが、その個体は子供を抱くことがなかった。たぶん、子供を産んだことも認識していなかったのだろう。
「母親が育児放棄したその子ザルは、何人かの担当飼育員が協力して、人工哺育で育てました」ある程度育った子ザルを群れに慣らすため、檻に入れて群れの中に置くと、強いメスが攻撃を仕掛けてきた。ニホンザルの群れは子ザルを受け入れなかったのだ。そのことから由村飼育員はこんな実感を抱く。
「最初から母親が育児を放棄したので、サルたちは群れのメンバーとして、子ザルを認識できないんだなと。ニホンザルが自分たちの仲間を認識するシステムは、一緒に生活したかどうかなんだと」