トップとしての判断の仕方とは
松浦の直属の上司は50代半ばの本部長である。大手化粧品会社のマーケティング畑に長年いた経歴を持つ。ヘッドハンティングで一昨年、今のポストに就いたのは、会社がマーケティングに力を入れている証でもある。
この上司が来てこれまでほとんどなかった、社長の経済誌等メディアへの露出度が1年間で約30件に及んだ。会社名を世に出し『ピップエレキバン』や『ProFits』等、自社商品の価値を高めていく作戦である。
「ラクビーやアメフト、アイスホッケーとか、テーピングやサポーターをたくさん使うスポーツにサンプリングをして、その世界で『ProFits』をナンバーワンにしていこう」テレビCMのようなお金をかけた大きな広告と、一方ではお金をかけず商品を提供し、地固めをするように、地道にブランドを浸透させていく。二段構えの広告戦略をはっきりと唱えたのも、この上司が来てからだ。
出張経費の承認が少し遅れたり、マメさはいささか足りない上司だが、先日はかなり強い口調で諭された。広告代理店から提案された『ProFits』のプロモーションは、イマイチと思ったが、松浦は了承し上司に報告をした。すると、
「本当にこれでいけると思っているのか?」と問いただされ、「正直、物足りなさを感じています」と、思いを吐露した。そんな松浦に上司は言葉を続けた。
「本当にいいと思っているのなら、失敗しても次に生かすことができるが、時間制限とかで仕方がないと決めたのなら見直すべきだ。それがトップとしての判断の仕方だ。心から納得したことで失敗するのと、なあなあで決めて失敗するのとでは、天と地ほど違うんだ」
経営の舵取りを志す社長の息子だからこそ、はっきりと口にした言葉だと松浦は感じ、ハッとさせられた。
この会社は福利厚生が手厚い。それに応えてなのか、マジメな社員が多い。仕事は一生懸命マジメにするが、決められた枠の外で何か新しいことにチャレンジする、そんな社員は少ない。将来に経営に参画した暁には、社員の挑戦を後押しできるトップになりたいと松浦は思っているが、課題は山積みである。
松浦由典、28才。2年前に結婚した。家に仕事を持ち帰ることが多く、先日も徹夜で資料を作っていると、彼の身体を心配した妻に「そんなに今詰めなくても……」と、泣かれた。社長の息子もけっこう辛いのである。
取材・文/根岸康雄
http://根岸康雄.yokohama