中間管理職の悲喜こもごもを紹介するこのシリーズだが、今回はいささか趣を異にする。登場する中間管理職は若干28才、入社4年目。ずいぶんと出世が早い。それもそのはずで、紹介するのは社長の息子である。
シリーズ17回目、ピップ株式会社 商品開発事業本部 ブランド戦略本部 スポーツライフブランドマネージャー 松浦由典さん。ピップといえば、ピップエレキバンで知られた会社だが、マスク、サポーター、ガーゼ、絆創膏等、日用衛生用品やベビー用品の卸が約1900億円の売上げのうち90%以上を占める。今年で創業112年を迎える企業だ。
今回は社長の息子が、中間管理職になるまでの奮闘記。松浦さんは自社製品のサポーターをスポーツライフブランドに育て、会社の一つの柱としたい夢を抱いている。
男兄弟4人はそれぞれ好きな道に
ピップ株式会社のオーナーの一人、現社長の松浦由治には4人の息子がいる。松浦由典は次男だ。「長男はIT系の企業で働いていますし、一番下は介護士をしています」
父親は息子たちに「この会社に入って俺の跡を継げ」とは一言も口に出さなかった。次男の由典は、700名ほどの社員とその家族の生活の責任を負い、会社経営する父親の姿に格好良さを感じ、家業でもあるこの会社に入ろうと決めていたという。大卒後にアメリカに語学留学、帰国するとピップに入社した。
最初の配属は営業で、得意先はドラッグストア。自社製品のエレキバンや女性用の圧着タイツの『スリムウォーク』等を扱った。社長の息子たるもの「ふつうの新入社員じゃダメだ。勉強して会社に関する知識を深め、誰よりも真面目に働かなくてはいけない」そんな思いを抱いていた。
「仕入れ値、もう少し安くできない?」「もっと販促金を出してくれないかな」それはバイヤーのいつもの常套句だが、誰よりも真面目に誠実に接したいので彼は当初、「持ち帰ってなんとか善処します!」とか、真顔で答えた。仕入れ値の限界は決まっている。「松浦くんさ、ダメなものはダメなんだから、その場でバーンと言いなさい」“善処する”話を持ち帰ると、上司は彼にそんなアドバイスをした。
先輩と営業に同行すると確かに、「そんな値段で卸せませんよ。もう取り扱わなくてけっこうです」と、強気な言葉が飛び交う。だが、「そんなこと言わないで、ここはひとつさ」とかなんとか言われると、「まぁ、いつもお世話になっていますから」とか、先輩の言葉のトーンも変わって。大規模なドラッグストアは、多少仕入れの条件にも違いがある。限界の値段を見極めつつやり合う。商売上のかけ引きを知り、真面目さと誠実さも時と場合によると、徐々に商売を覚えていった。
ズシッときた先輩の言葉
社内では、あえて苦言を呈する社員もいる。冬場は女性用の『スリムウォーク』のタイツシリーズがよく売れて、生産が追いつかない時もある。ある時、ドラッグストアから大量の注文が入った。用意できるかどうか微妙だったが、対応した松浦はオーダーを断るのをためらい受注した。だが、卸の部署の担当者へその事情の報告を怠った。
案の定、受注したタイツは半分程度しか揃えられず、卸の担当者はドラッグストア側からのクレームを聞くことになる。
「用意できるかどうかわからない時点で、相談してくれれば、違うメーカーのものを代替することもできたんだ。ちゃんと伝えてくれないと困るよ。取引先とは長いお付き合いで信頼関係を築いてきた。こういうことがあると信頼関係の破綻につながりかねない。悪いことこそ早く言ってほしい」
年配の担当者のとつとつと諭すような口調はズシッときた。その言葉にはキミは将来、会社の経営を担うのだからという思いが、こもっていると松浦は感じ有難さが身に染みた。
先輩には極力謙虚に、敬語で接する。学生時代にアイスホッケーに熱中した松浦は、体育会系の礼儀作法が身についている。