急患のキリンで学んだこと
動物園では早いサイクルで、誕生と死が繰り返される。出産は人が手を貸さず動物に委ねることが原則だ。だが、時には獣医の出番がある。この時のキリンは難産だった。急患の連絡が入りキリン舎に駆けつけた。子供にロープをかけ引っ張ったが取り出せない。やむなく麻酔銃を使い母親を眠らせて、取出した子供は死産だった。
お母さんは何とかして助けたい。起きた上がった時に転ばないように、部屋の中央に移動させたがこの時、親キリンの頭が下がっていたことを見逃してしまう。キリンは牛と同じく反芻動物だ。お腹のものが喉元に返ってきやすい。
頭を下にしたことが災いした。戻ってきた胃の中のものが気管に詰まり、親キリンは窒息死してしまう。
「そのあとの病院のメンバーとの反省会では、こういう時はキリンを動かさず、頭を下げないことを最優先しようと確認しました」
もちろん、獣医として成功した治療も数えきれない。骨折は早く処置をしないと元どおり治らない。アカカンガルーのオスの腕の骨折を発見して捕捉し、麻酔かけ担架に寝かせて病院に運び、レントゲンを撮って骨折を確認。キブスをまく処置をした。2ヶ月間の入院で完治したカンガルーは今、飼育場を飛び回る。彼が獣医になって2年目のことだ。はじめて自分で治療した動物だった。
「トリは調子が悪くなるとすぐに死ぬんですよ」
だから、おかしいと感じた個体は、積極的に入院させる。ある時、元気のないイヌワシを捕捉してみると呼吸が荒い。イヌワシのような猛禽類は、真菌というカビが肺に生じて死に至る、アスペルギルス症という病気が多い。このイヌワシもその病気が疑わしい。
治療は抗真菌薬を注射したり飲ませたり。箱の中に気化させた薬を充満させ、それをイヌワシに吸わせたり。病院のメンバーと協力して、完治することができた。そのイヌワシもケージの中を飛び回っている。だが――
やっぱり獣医は嫌われもの
「治ったのはその動物に体力があったからで、僕が何か処置をしたというより、動物自身が頑張ってくれたと思うことが、圧倒的に多いです」と、吉本獣医は言う。
獣医になって4年の経験の中で彼は今、死ななくて済む動物の命を救うため、ケガや病気が軽いうちに、早めの治療することを心掛けている。
「動物園の獣医は4つの仕事があります。治療、解剖、他から来園する動物の病気の有無を調べる検疫、そして予防です」
吉本獣医は今、予防に力を入れている。どう予防するのか。オオカミやタヌキ等には犬用のワクチン。チーター、ライオン、ユキヒョウ等には猫用のワクチンを打つ。どう注射をするのか。それはシリンジの入った吹き矢をプッとやって。
「やっぱり獣医は動物に嫌われますよね」
吉本獣医の顔がほころんだ。
取材・文/根岸康雄
http://根岸康雄.yokohama