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上からの指示に下からの訴え、部下は育てなければならないし、数字をはじめ目標を達成の責任は重い。重圧を感じていても愚痴は言えない中間管理職。世の中の課長たちは働く現場で何を考え、どんな術を講じているのか。課長職のつぶやきを紹介する。
シリーズ第15回は牛丼の吉野家だ。吉野家ホールディングス 株式会社中日本吉野家 エリアマネージャー 山岸裕子さん(43)。
石川県金沢市近郊の金沢地区、8店舗を管轄する。エリア内の店長が直属の部下だ。客商売にとって、大切なのはスタッフとのコミュニケーション。同じ釜ならぬ“同じ牛丼を食べた仲間”に支えられ、中間管理職の業務に取り組む山岸さん。「辞めたい」という部下を思いとどまらせたのは仲間の力だったが、彼女自身も休職を経験し、退職を考えた時期があった。
“辞めたい”と吐露、すべて自分の責任。
「体調を崩したのが原因でした」4年ほど前、名古屋市内の店舗で店長を兼ね、店長の統括を担っていた時のことだ。自分とは性格が異なる店長がいたこと、上司や他店の店長たちの期待を感じたことも、プレッシャーだったのか。体調を壊した彼女は休職し、地元の小松市に戻り、一時は退職も考えたのだが、
「山岸さん、いつでも戻ってくる場所はあるよ」当時の上司のそんな言葉が励みになった。
「私、戻るからね」と、店のスタッフとの約束も心の支えだった。牛丼を通して培った人間関係に助けられ、4ヶ月後に復職できたと山岸は振り返る。
「辞めさせてください」
女性の部下にもそう告げられたことがある。頑張り屋さんの部下は二人の子供を持つお母さんで、深夜帯は店舗に入らなくていい時間限定の店長だ。それでも夕方はかなり無理をしてしまう。そんなスタッフに山岸は、「もう一つお店を見て」と、2店目の店長をお願いした。
山岸の期待に応え、頑張って売上げを伸ばそうと、彼女は必死に店を切り盛りしたに違いない。弱音を吐くスタッフではないので、山岸は部下のオーバーワークに気づかずにいた。それがママさんスタッフの辞めたいという吐露に、つながったことは明白だった。
なぜ私は“辞めたい”と告げられた時、“ごめんなさい”という言葉を部下に言えなかったのだろう。山岸はそんな後悔の念に苛まれた。オーバーワークをさせたことも、それに気づかなかったことも、すべて自分の責任だ。
むしろ褒められていい態度
すぐに1店舗の店長に戻したが、真面目な部下だけに意志は固い。引き止めることは難しいだろうと感じた。「わかりました」と、部下の気持ちを受け止める形で、辞職はペンディングのようにして様子を見た。人には調子の波がある。ストレスを緩和できれば、沈んだ気持ちもやがて改善するものだ。しばらくして「頑張ります」と、彼女の言葉を聞くことができた。
「気づいてあげられなくて悪かったね」山岸はずっと言いたかったことを口にした。すると、「全然そんなことないですよ」と、彼女は笑顔で応えてくれたそうだ。
部下の中には、歯がゆい印象を持つ店長もいる。その男性店長は山岸が20代の頃に勤めていたフランチャイズ店の吉野家で、店長を任されていた人だ。当時は部長とも意見をぶつけ合い、傍目に見ても上を目指している感じの人だった。今も仕事のことについて相談できる相手ではあるのだが。
子供が7人いる今は、どちらかというとドライで勤務時間が終わると、「お疲れさま」という感じでサッと帰る。部下は家庭重視の人なのだ。それは決して非難されることではない。働き方改革がクローズアップされる昨今、むしろ褒められていい態度ではある。だが、以前を知る山岸は、もう少し自分なりの“想い”みたいなものを、仕事に出してくれてもいいのになぁ……と、そんな気持ちも心の隅に抱いている。