同じ牛丼を食べた仲間
かくいう山岸も、自分のコミュニケーション能力にいささか問題があるとわかっている。
「私、思いが先行するタイプといいますか…」喜怒哀楽が激しく、スタッフの前で思わず涙ぐむこともある。先日も付き合いの長いベテランの女性部下と口論になった。リーダーを兼ねる部下は、ある店長のキャストに対する接し方等が悪いと山岸に訴えた。だがその言葉が、山岸にはきつく感じられた。
「そんな言い方ないんじゃない? あなただって、直したほうがいい点はあるよね」
ベテランの部下は、自分なりのやり方があるから譲らない。口論した部下とは長い付き合いだ。お互いに気心が知れている思いもあった。
「あの店長の良い点も認めてあげてよ」どうして私の言うことが、わかってくれないのかという感情がこみ上げてきて、ついウルウルしてしまったという。
「吉野家を辞めます」部下の男性にそう告げられ、辛い思いをしたのはエリアマネジャー1年目だったが、これもコミュニケーション不足が原因だったと山岸は振り返る。部下の男性が休日に来店し、キャストに言ったことが暴言と受け取られ、キャストから「店長を替えてください」と、クレームが入った。
事情は聞いたが、部下の男性に悪気はなかったことは察せられたし、本人にキャストからのクレームの内容を告げかどうするか。上司と相談している時に、その情報が別の人間の口から、本人の耳に入ってしまった。
なんで直接、俺に言ってくれなかったんだ……、部下の山岸へのそんな感じの不信が、辞職まで考える事態になったに違いないと、彼女は落ち込んだ。
結局、その部下と心安いスタッフが、「山岸さんも相当落ち込んでるぜ」とかなんとか、説得してくれ、部下の辞職を思いとどまらせた。吉野家では例えば、社内トラブルでスタッフが精神的なダメージを受けた時など、その人間と気心が知れたスタッフが問題解決の手助けを引き受ける、そんなことがよくあるという。社員の大半は店舗で牛丼を作った経験がある人間たちだ。同じ釜ならぬ“同じ牛丼を食った”そんなスタッフ同士の仲間意識を色濃く感じる。
実は山岸もリーダー時代に休職し、会社を辞めることを真剣に考えた時期があった。以下、後編で。
取材・文/根岸康雄
http://根岸康雄.yokohama