しっかり者のシズカ
「半年あれば十分です」当時、短期レンタルの例はあまりなかったのですが、うちの動物園の上の人を説得しまして。釧路市動物園で飼育されているリングという、オスのアムールトラを1年契約で多摩動物公園に借り入れたんです。当時、ビクトルもアシリも他の動物園に移動して、2頭の間に生まれたシズカというメスを1頭だけをうちで飼育していて。
当時3歳のシズカとリングをペアリングさせたんです。シズカは2010年の7月、無事3頭の赤ちゃんを出産しました。1頭は死んでしまい、もう一頭のメスは北海道のおびひろ動物園に移動して、残りの1頭が今、うちのトラ舎で飼育するアイというメスです。
アムールトラは集団で生活する習性がなく、他の個体の育児を見て学習することができない。なめすぎで子供が死んでしまったり逆に育児放棄をしたり。単独で生活するネコ科の動物は、初産で失敗することが多いと言われています。
でも、シズカは初産にもかかわらず落ち着いていました。7月に出産しましたが、暑い時は部屋から外に出て、グテーと横になって。赤ちゃんがギャーと泣いたら“しょうがないわねー”という感じで、赤ちゃんのそばに戻って。シズカの子育には余裕を感じました。
そもそも、シズカの母親のアシリが他の動物園に移ったのは、シズカが1才になってすぐでした。シズカは母親のアシリを探して、外の展示場に出すと、ウォンウォン寂しがって鳴いていました。そこで海に浮かばせるブイに穴を開け、中にエサの馬肉を入れて与えたり、段ボールの中にエサを入れ、段ボールを壊すことに熱中させたり。寂しさを紛らわせ、トラの狩猟本能を刺激する工夫をして育てました。
なぜ、アルチョムは何もできないトラになってしまったのか
シズカを育てる上で一番気をつけたことは飼育員との関係性で、甘やかせて育てると依存心が強くなり、自立心が育たなくなる。そんなダメなトラにしないよう叱る時は大きな声でビシッと。人と甘ったれた関係にならないよう注意をしました。
いろいろと刺激を与え育てたシズカは、考える力があります。僕に寄りかかることがなく、気に入らないとシャーッ!!と声を上げて怒る。野生動物と人間と距離はきちんとしていますが、その上でシズカと僕の間には信頼関係があると感じています。
さて、多摩動物公園のトラ舎としては新しい血統を入れたいので、海外からアムールトラを入れ、年頃を迎えたシズカの子のアイと、繁殖をさせたいと考えていました。ところが海外からの動物の搬入は難しく、なかなか実現しなかったんです。ドイツのベルリンの動物園から、1才8ヶ月のアムチョムが来園したのは17年1月でした。
このアルチョムが何もできないトラで。欧米の動物園は野生動物の飼育について先進国と言われていますが、アルチョムを見る限り一概にそうとは言えないと思いました。外に出そうとしても怖がって、部屋の移動もきちんとできない。新しいものはすべて怖がる。向こうでは人に慣らす飼い方をしていたのでしょう。人への依存心が強い。あそこまで何もできないトラにしたのは、ドイツの動物園の飼い方が良くなかったと思わざるを得ませんでした。
後編ではこの何もできない困ったトラ、アルチョムが飼育員も驚く予想外の“活躍”をしていく。
取材・文/根岸康雄
http://根岸康雄.yokohama