“あ、うん”の呼吸
直属の上司である本部長は、時間があれば現場で仕事をする営業マンたちと飲みに出る。職場の働きやすさに関することに耳を傾け、高田の部署に提案する。その推進力には頭が下がるが、「以前、『この商品もう一度取り組んだほうがいいと思うねん』と、本部長に案件を提案され、“まっいいか”と寝かしておいたんです。するとある日、飲んでいる席で『お前、あれほったらかしにしているやろ』と言われて。『ちゃんとメモに書いてありますから大丈夫です』と、答えたんですが」
結局、その案件は消滅した。上司に言われてやらなければならないことと、そうでもないこと、彼は本部長との“あ、うん”の呼吸がわかっているかのようだ。
「高田さん、ひょっとすると出世するかもしれませんね」筆者が水を向けると、そんな言葉に反応することなく彼は言葉を続ける。
「またどこに異動するかわかりません。異動した先で、“わっ、こいつ、使えない”と思われるのが怖い。サラリーマンとしてはどこの部署に異動になっても、“来てもらってよかったな”と部署の人に思われるように、仕事がしたいです。部下も今の部署にいる間は僕がサポートします。部下が他の部署に異動になった時、来てもらってよかったと思われる人になってほしいなと」
高田豊、42才。単身赴任は5年半になる。紺のネクタイは先日、神戸の自宅に戻った時、取材のことを話すと、小学4年の娘がこのネクタイが似合うと、勧めてくれたものだそうだ。
取材・文/根岸康雄
http://根岸康雄.yokohama