ダイヤの遅れより安全第一
都電の運転士で大切なのは危険の察知で。都電荒川線は信号や踏切だらけで、車と並走する箇所が多い。信号は車用です。車は信号が赤だと認識し、ブレーキを踏めばいいですが、電車はブレーキをかけても車のようにすぐに止まれない。赤信号に気づきブレーキをかけると、交差点を通過してしまう場合もある。ですから沿線の信号はすべて代わるサイクルを予測し、運転しなければなりません。
研修開始の翌年3月には、独り立ちしました。都電はワンマンですから何かあっても全部、一人で対応しなければなりません。運転はもちろん、「ご乗車になりましたら、社内の後ろの方にお進みくださ〜い」とか、アナウンスをして乗車するお客さんを車内に誘導して。運転席の左上のミラーを見て、降車するお客さんの安全に気を配って。
約6分間隔で運行していますが、どうしてもダイヤが遅れてしまう。それが辛かったですね。乗り降りするお客さんの対応や、乗車料金についてモタモタしたり。その間に信号が赤になると、そこで1〜2分遅れる。それが朝のラッシュだとホームに人が溢れ、車内はギューギュー詰めになり、時には乗れないお客さんも出る。「いつまで待たせるんだよ!」と、言われたこともあります。
行ってしまえ!と、信号が代わりそうでも交差点に侵入すれば事故に繋がります。「信号で迷ったら必ず止まろう」と、師匠には教えられています。ダイヤの遅れに責任を感じ「いったいどうやったら、ダイヤ通りに運行できるんでしょう」と、先輩にも営業所で相談しました。
「事故を起こしたら、お客さんに迷惑をかけることになる。無事に戻ってくることが一番だよ」、ダイヤの遅れは気にするなという感じで先輩にアドバイスされました。基本は安全第一、その上でダイヤを守ること、それを何度も自分に言い聞かせた。
飛び込み乗車も悩みのタネです。ダイヤを遅らせないためにも、時刻通り発車しようと心がけているのですがある時、閉まりかけの扉に手を入れ、乗車してきた中年の男性がいました。
「お前、なんでオレが乗ろうとしているのに閉めたんだよ!」とか逆ギレされ、こちらに向かって声を荒げて。「すみません……」と謝ったんですが、「乗せてくれてもいいじゃねえかよ」とか、電車が走り出してもしばらくグジュグジュ言われました。
上司には、「駆け込み乗車でも、乗せてあげてください」と、言われています。「扉を閉めるのを待って、乗せてあげたほうがいい」と。“都電は優しい”というイメージがお客さんに根付いている。それを大切にしていきましょうという上司の指導です。
昔ながらの都電は単に交通機関というだけでなく、普段忘れがちな人情も積み、ガタンゴトンと東京の下町をひた走る。車と一緒なので時としてヒヤリとする場面もあるが、石井さんの目にした“都電の景色”を、後編ではさらに詳しく。
取材・文/根岸康雄
http://根岸康雄.yokohama