【動物園を100倍楽しむ方法】第5回 南西諸島の生き物たち
前編はこちら
動物が大好きだから、もっと動物園の生き物について、いろんなことを知りたい。動物園の動物のトリビアを周り人に教えたい。それには動物園の飼育員さんに聞くのが一番だと考えたのが、この連載だ。
今年開園60周年を迎えた東京都日野市の多摩動物公園。上野動物公園の約4倍という自然の中で、できるだけ柵を使わない形で動物を展示する。今回取り上げるのは、鹿児島から台湾までをつなぐ島々に生息する、「南西諸島のいきもの」12種類。展示の場所は四季を通して30種近いチョウが舞う、昆虫生態園の入り口。
この日、担当の古川紗織さんには、展示ケースの前で話を聞いた。
前編はバッタ目ツユムシ科のダイトウクダマキモドキに、野外のイタドリの葉をはじめて食べさせ、春にはいろどりを添えるようにコマツナの黄色い花を餌として与えたこと。体長十数㎝の胸部は光沢のあるヨロイを着込んだようなツダナナフシが、食草のアダンという南欧系の植物に擬態する姿。世界一硬い甲虫と言われるクロカタゾウムシはドングリの中に幼虫を産み付ける。その安定的な繁殖へのチャレンジを紹介したが。
古川さんは多摩動物公園が保全に力を入れる小笠原諸島の絶滅危惧種、オガサワラシジミの繁殖・飼育も担当している。
昆虫は、ほぼ1年で代替わりをする。安定的な繁殖は飼育員にとって必須の課題である。05年から取り組む絶滅危惧種のオガサワラシジミも、最後の課題は安定的な繁殖の方法をどう確立するかということだった。
最適な繁殖のスペースとは
チョウは幼虫の餌となる食草が決まっています。多摩動物公園の昆虫生態園で現在、飼育する29種のチョウの食草の植物を育てるだけでも、担当者の労力が必要です。オガサワラシジミの幼虫の食草は、小笠原諸島にしか自生しないオバシマムラサキ。小笠原から譲ってもらい、動物園の温室で育てています。
当初、幼虫はオバシマムラサキのつぼみしか食べないと思われていて、餌としてツボミしか与えていませんでした。しかし、野外の観察や研究が進むと、孵化直後から若くて柔らかい葉っぱを与えれば、幼虫は葉も食べることがわかってきて。
餌の種類が増えて、飼育は徐々に改善されましたが、オガサワラシジミの安定的な繁殖はなかなかうまくいかず、毎年、小笠原から卵を譲ってもらう状態が続いていました。私は先輩の職員と二人で、オガサワラシジミの飼育に取り組んだのです。
「高いところを飛んでいるチョウチョだね」「オスがものすごい勢いで、メスを追いかけています」「繁殖には広い空間が必要なのではないかな」
それが私たちの最初の推測でした。そこでかなり広い温室に、オガサワラシジミを放ってみると、中には交尾できた個体もいましたが、次の世代を継ぐまでには至らなかったのです。
いったい何がいけないのだろう、そんな思いで、交尾をしたオガサワラシジミの飛び方をよく観察していると、飛び方が思っていたほど、上下しているわけでもないことに気づいた。
「オスはすごい勢いでメスを追いかけるけど、実際、交尾の時はそんなに飛びまわりませんね……。これなら広い空間は必要ないんじゃないですか」「かえって、ふつうのビニール温室でいけるかもしれないな」
そこで園内に、6m×6.5mの蚊帳のような温室を用意しました。そこに孵化直後からオガサワラシジミのオスとメスを放し、そのスペースに慣れさせることからはじめて。
やがて成熟するに伴い、確実に交尾をするようになっていったのです。この6m×6.5mの蚊帳のような温室がオガサワラシジミの繁殖にとっては、広すぎず狭すぎない快適なスペースだったのでしょう。コンスタントに交尾をすれば卵を産みます。卵を採取し孵化させる技術は確立しています。
自然界では今も絶滅危惧種ですが、多摩動物公園では昨年あたりから一世代で50頭ほど、オガサワラシジミを安定して、繁殖させることができるようになりました。