モグラにも個体差がある
西日本に分布するコウベモグラより、東日本に生息するアズマモグラのほうが、面倒臭い気がします。コウベモグラは静岡県の朝霧高原で採集したものですが、アズマモグラは動物園内で採集します。園内の土が盛り上がり、トンネル状になったモグラ塚にトラップを仕掛けて。採集したモグラはまず給餌のケースに入れますが、中にはケースでじっとして、動かない個体がいます。
給餌ケースから伸びる網状のトンネルを伝い、展示室の山砂が入ったテーブルまで移動し、そこに寝ぐらを作ってくれないと安定的な飼育は難しい。過去には2日以上、ケースの中でじっとしている個体がいて、飼育が困難と判断し、捕獲した場所に戻したこともあります。アズマモグラにも個体差があるんですね。
飼育する11頭のモグラは、番号で分けていますが、アズマ206番は僕が初めて自力で捕まえたモグラです。園内の広場のような開けた場所で採集したのですが、「何回もトラップを仕掛けたけど捕まらなかったやつだよ」と、前任者に言われました。捕まえて飼育をしてみるとアズマ206番は頭がいい。
僕が改良した馬と牛のハツやコオロギ、バッタのエサをバクバクと食べ、天井に張り巡らされたプラスチック製の網のトンネルを伝い、給餌のケースから寝ぐらのテーブルまで足繁く移動して。採集してから5年になりますが元気です。お客さんを楽しませていますよ。
逆に林の中のモグラは、比較的採集しやすいのですが、賢くないといいますか。給餌のケースで丸まって動かなくなるのは、林で採集したモグラです。
この差は何か。木がたくさんあるところのモグラは、木株に沿って通り道が決まっている。ところが開けた場所に生息するモグラは、進み方を考えて穴を掘らなければならない。考える力の差が順応性の違いになって、表れるのかもしれません。
コウベモグラの体長は12.5〜18.5cm、アズマモグラは12〜15cmと、コウベモグラの方が大きくて力も強い。ある日のことです。朝、展示施設の「モグラのいえ」に来ると、床の隅でコソコソ動いているのがいる。よく見るとモグラじゃないですか。
網目のトンネルはプラスチック製のネットを輪にして、結束バンドで留めて作ったものですが、コウベモグラ74番はトンネルを手で押し広げるように切り開いて、外へ飛び出したんです。もちろん、コウベモグラ74番はすぐに御用となりましたが、モグラは爪が鋭いので素手でつかむとケガをする。つかむ時は革手袋を使用します。
登ることが得意なモグラもいます。ある日のことです。僕の携帯電話が鳴りました。「あっ、熊谷さん、モグラが混ざっちゃったんですけど」同僚の飼育員から、そんな電話をもらって。
「混ざっちゃった?」僕も意味がわからず「モグラのいえ」に駆けつると、メスのコウベモグラ62番が隣の給餌ケースに入り込み、アズマモグラのオスを追い回している。コウベモグラのメスは体が大きくて、アズマモグラのオスと同じぐらいです。
コウベモグラ62番はなぜ、隣の給餌ケースに移れたのか。ケースまで伸びる網状のトンネルは、ケースの中のパイプにつながっています。コウベモグラ62番はパイプの外側とケースの内側の壁とを利用して、手足を使い、40cmほどのプラスチックケースをよじ登ったんです。まさかツルツルのケースをよじ登ってしまうとは……、びっくりしました。