■新ゾウ舎への移送
昨年10月下旬、新しいゾウ舎への引越しの時も、多少のことでは動じないアヌーラの性格を実感させられました。
引越しに備えて、何年か前から運動場に鉄の箱を置き、ゾウがその中に入るトレーニングを重ねてきました。箱に入れるようになると、箱の両側の小窓に前足を乗せる訓練を重ねて、引越しの時にゾウの前足をチェーンでつなげるようにして。ゾウは音に敏感ですから、扉を閉めて箱を蹴ったり棒でたたいたりして、引越しの際に出るいろんな音に慣れさせるトレーニングも重ねました。
新ゾウ舎のお披露目は2020年の春ですが、建物は完成しました。3頭のゾウは順次新ゾウ舎に引越しをしますが、アヌーラは箱に入るトレーニングが一番進んでいた。そこで昨年10月下旬、アヌーラの新ゾウ舎への引越しを実行したんです。
アヌーラを箱に入れクレーンで吊り上げ、トレーラーで新ゾウ舎に運ぶのですが、「吊り上げた時に暴れたら危ないな」「そうなったら落ち着くまで待つしかない」「逆に宙に浮く感覚にゾウがびっくりして足を踏ん張るから、暴れることはないよ」等々、僕ら飼育員の心配の種は尽きません。
半世紀以上も「赤い三角屋根のお城」と呼ばれる今のゾウ舎にいたわけですから、新しい環境に馴染めるのか。
「新ゾウ舎に着いて箱の扉を開いても、中から出なかったらどうしよう」「その時はじっくりと時間をかけるしかない……」引越し前日から、アヌーラのフンを新ゾウ舎の建物に運び匂い付けをして、エサも新ゾウ舎の建物のあちこちに置いて。ところが案ずるより産むが易しで。前足のチェーンを外す際に、若干ためらった様子でしたが、扉を開くとアヌーラはすーっと箱から出て、何事もなかったように、新ゾウ舎の建物の中のエサを食べはじめました。
新ゾウ舎は運動場も室内のゾウ舎も、これまでと比べて数倍の広さになりましたが、何よりいいのは下が砂地であること。コンクリートのほうが掃除はしやすいのですが、ゾウにとっては砂地がいい。ゾウの死因はだいたい足の病気です。足を悪くして立てなくなり、自分の重みで内臓を悪くしてしまう。下がコンクリートだと、ゾウの足の裏のひづめが割れたり、パットといって足の裏のクッションのような脂肪の塊が削れて、そこからバイ菌が入り化膿したりしやすい。今、砂地で飼育しているアヌーラの足は、劇的に改善されました。コンクリートで削られ柔らかくなっていた部分が、しっかりと硬くなった。
3頭のゾウは毎日のように足を上げさせて、足の裏をよく洗ってあげたり、ひづめや足の裏のシワを削ったり、時には消毒したり薬を塗ったりケアをしています。ゾウに足を上げさせて、足の裏を診るにはトレーニングが必要ですが、僕ら飼育員はゾウ使いではありませんので(笑)
東南アジアの国々ではアジアゾウを家畜として飼いならし、重いものを運ばせる重機代わりに使う伝統がある。そんなゾウ使いの方法を模した飼育が行われているのかと想像しがちだが、多摩動物公園の飼育はまったく違っている。詳しい飼育法は次回で。
取材・文/根岸康雄
http://根岸康雄.yokohama