■一番辛かったこと。
チンパンジー同士の付き合い方を見ていると、中には調子のいいヤツもいます。マックスはケンタのあとをついて歩いて、媚を売るのがうまい。ケンタの毛づくろいをしたり、アッアッアッとケンタの機嫌をとるような挨拶をしたり。
餌の分量は個体によって決められていますがもっと欲しい時、マックスはフッフッフッと、ケンタに向かってすすり泣いたり、キャー!と泣き叫んだりする。ケンタもマックスのことを快く思っているのか、しょうがないなという感じで、自分の餌をマックスに渡しています。
「動物の赤ちゃんが生まれるのは動物のおかげ。動物が死ぬのは飼育員のせいだ」これはよく先輩に言われる言葉です。サザエというメスのチンパンジーは、僕の白湯のあげ方が気に入らなくて、口の中のお湯をバッと吹きかけられたことがありました。でも、サザエは育児放棄されたジンという個体を、親代わりになって育てた優しいチンパンジーでした。
そのサザエがデッキーの子供を宿して、1ヶ月後には赤ちゃんが生まれると楽しみにしていたのです。ところが休みの日に電話があって、「サザエが出血している」と。慌てて駆けつけたのですが……。細菌感染を起こしてお腹の赤ちゃんが死んでしまい、手術で取り除かなければならない。お腹を切開しましたが人間のように輸血はできません。サザエが亡くなったのは、昨年の6月10日のことです。死因は出血性ショックでした。
もっと気配りをしていれば、流産になる要因を防げたのではないか。チンパンジーの異常にもっと早く気づき、違う処置をしていれば、赤ちゃんもサザエも助けることができたのではないか……。自分を責めましたね。飼育の担当になって一番落ち込みました。
飼育の経験を積むうちに、チンパンジーの真似をすると、コミュニケーションが深まることに気がつきました。唇を使ってブーブーとチンパンジーの発する声の真似をしたり、個体の中には「毛づくろいをしたいよ」と、格子越し腕を出してくるものもいます。デッキーは僕が真似て腕を出すと、手の甲や腕のささくれ立ったところをむいてきたり、グルーミングをしてくれる。
飼育をしていると、彼らの仲間になったような気になることがあって。18頭のチンパンジーは僕にとって、家族のような感覚ですね。
取材・文/根岸康雄