■連載/元DIME編集長の「旅は道連れ」日記
アナログレコードの迷宮、通称マト1と呼ばれるマトリクス1のマニアックな世界のことは、以前この連載で書いた。そこで一番言いたかったことは、“百読は一聴にしかず”。とにかく聴けば、その音の凄みがわかる。しかし値のはるマト1には、なかなか手が出ない。たとえばターコイズと呼ばれる、ジャケットのロゴが青いレッド・ツェッペリン『Ⅰ』のUKマト1は、20万円くらいする。迷宮に深く入り込んだ人でないと、まず買わないだろう。だがこの迷宮では、ターコイズを買うくらいは可愛いものなのだ。なぜならターコイズは、マト1を数多く取り扱う中古レコード店「ディスクユニオン」でときたま売られている。またマト1のコレクターがレア盤を探そうと、あるいは日本で買うより少しでも安く手に入れようと、入念にリサーチしているアメリカのオークションサイト「eBay」にもたびたび出品されている。つまり、お金さえ出せば買えるのだ。
しかるにロック史上に燦然と輝く名盤にして、マト1コレクターなら誰もが欲しい、キング・クリムゾンのデビュー作『クリムゾン・キングの宮殿』である。前回で少々触れたピンク・フロイド『狂気』のマト1が実はマト2であるように、『宮殿』もマト1はマト2だ。まずはこの1が2であるという、理屈に合わない理屈を説明しておこう。
レコードの元となるラッカー盤はマスターテープから作られ、最初に制作されたラッカー盤から生まれたレコードがマト1で、それを表す数字がレーベル外側の溝のないエリア(=runout)に刻まれている。このレコードをアーチストやスタッフが聴いてよしとすれば、マトリクス1がそのまま市場に流通する。マトリクス1がマト1、多くはこのケースだ。だがアーチスト達が音に納得しないと、マトリクス1はお蔵入りとなり、もう一度ラッカー盤を作り直す。マトリクス2が生まれるわけだ。これでOKなら、マト2が流通する。マト2がマト1であるとは、こういうことだ。ちなみにクリムゾンの『レッド』のように、A面マト3、B面マト6がマト1というケースもある。
マト2がマト1のアルバムとしては『狂気』『宮殿』、そしてディープ・パープルの『ディープ・パープル・イン・ロック』が有名だ(ただし『狂気』『宮殿』はAB面共にマト2だが、『イン・ロック』のB面はマト1)。さて不可解なことに、お蔵入りマト1がなぜか市場に出回っていることがある。当時の関係者が所有していたレコードが、何らかの事情で流出したのだろうか? 『イン・ロック』も流出マト1が存在する一例だが、あまり市場には出ない。「eBay」でも、まず見ない。とはいえ最近、「ディスクユニオン」で売っていたし、2017年11月〜2018年2月版のHMV「RECORD WANT LIST」に、3万円+20%アップの36000円で買い取ると出ていた。買い取り募集するくらいだから、多少は市場に出てくるのだろう。マト2『イン・ロック』は7000円くらいで買えるので、買い取り価格36000円はそれだけマト1のレア度が高いということになる。