■湖中を突き動かす「ムチャの美学」
最後に、コナカは今後、スーツを通し、どのような世の中を築いていきたいのか。湖中は「それはもう、今までになかった業態、スーツを作り続けていくことです」と話す。
例えば、コナカのヒット商品『シャワークリーンスーツ』だ。同社はオーストラリアのウールの企業と関係がよく、担当者から「ウールは汚れが染みこむものでなく、表面に載っているだけ。シャワーで洗い流すことならできるかも」との情報をもらった。
「しかし、同じ品質の商品を大量生産するのは難しく、開発は困難を極めました。社員は幾度か『できません』と言ってきましたが、『できないなら、だからこそ、やってみようよ』と鼓舞したことを覚えています」
だが「やってみよう」と言うだけでできるなら苦労はしない。社員に、できないものに挑戦してもらうには、どんなマネジメントが有効なのか?
「具体的に、夢を持ってもらうことです。まず私自身が目標を明確にし、社員にこれを提示し、道筋を話し合います。その結果、社員たちが1%でも『できるかも』『ひょっとしたら』と思ってくれたら可能性はあります。自分の気持ちを考えても同じじゃないですか。『無駄骨に終わるかも……』などと思っていたら全精力を傾けられません。『できない』という言葉には、逆に言えば、無限の可能性があるんですよ」
もちろん、『DIFFERENCE』も「3万5000円でカスタムオーダースーツを」と言った瞬間、社内では「できない」の大合唱だった。だが世の中は「ムチャを実現してこそ」面白い。そして、ムチャに挑戦するからこそ、ビジネスとしても大きな対価を手にすることができるのだ。
「これからも、オーダースーツだけでなく、健康や、生産性の向上にも結びつく“ありえない”商品を続々と出していきますよ」
現在のコナカを形作っているのは、社長のこんな「ムチャの美学」なのかもしれない。
湖中謙介(こなか・けんすけ)/1960年、大阪府生まれ。1982年にコナカ(当時の日本テーラー)へ入社、1984年神戸大学法学部を中退。1999年に常務取締役、2003年に専務取締役へ就任。2005年から現職。紳士服のフタタ、FIT HOUSEなど多業態を展開し、連結売上高約700億円の企業を率いる。
【著者プロフィール】
夏目 幸明(なつめ・ゆきあき)/1972年、愛知県生まれ、早稲田大学卒業後、広告代理店勤務を経てフリージャーナリストに。おもに経営者の取材を行い、様々な経済誌に連載を持つ。現在は、豊富な人脈を活かし業務提携コンサルタントとしても活躍。
■連載/【社長の横顔】コナカ社長・湖中謙介さん