■「働きかければ人は動く」は誤りである
湖中氏は大阪の生まれだ。父は7人兄弟で、力を合わせ飲食店や洋服店を経営していた。彼が前半生を振り返る。
「実は、いまも人生をどう生きようか考えている途中なのですが(笑)、弊社へ入社するまではもっと迷っていました」
名門・神戸大学に合格したものの、実家からは電車で片道3時間かかり、親は「下宿代は出さない」と言う。湖中は、叔父が経営する飲食業の社員寮が、たまたま学校の近くにあることに眼を付けた。
「そこで、叔父に『入りたい』と言うと『何日にここに来い』と言われたんです。行ってみると……なぜか入社式だったから驚きました (笑)」
名門大学に入ったはずが、翌日、湖中はなぜか新大阪のレストランで働いていた。しかも、外食の仕事はことのほかおもしろかった。よほど性に合っていたのだろう、彼は「デキる店員」とは何かを語る。
「まず、お客様に『お水下さい』と言われる前に、お水を出せる人はデキます。お客様の気持ちは、目を見ればわかりますよ。メニューを見る時、最初から最後まで目を通し、それでも決まっていなければ、迷っていらっしゃるのです。『当店のお薦めは……』とお声かけしてもいいかもしれません。食べている途中、店内をキョロキョロされていたら、何も言われずとも、水がほしいことは明白です」
叔父の店で正月も休まず働くと、親が怒っていて、呼び出された。「まったく学校に行っていないようだな」と言われるかと思ったら――「うちは洋服屋だぞ!」と叱られた。その後、洋服店の手伝いを始め、結局、大学は中退した。
ここでも、販売が面白くてたまらなかった。彼は、デキる店員の条件、その2を語る。
「お客様より話してはいけない。お客様に話してもらうのです。服を選んでいる方に『この商品は~』と説明することは誰でもできます。サイズを丁寧に計り、色違いの有無をお伝えすることも誰だってできます。しかし、お客様の話を引き出し、懐に飛び込むことはなかなかできない」
デートで着るのか、仕事で着るのか、仕事はなんなのか。アイロンがけなどのメンテナンスはまめに行うほうなのか……。お客さんがなぜここに来たのかを聞かなければ、どんな説明も、的外れになってしまう。
「人は、自分が積極的に働きかければ、人を動かせると思っていますが、それは誤りです。それより、お客様との距離感を縮め、何に突き動かされて来店されたのか知り、相談に乗って、リアクションするほうが、よほど人を動かせます」