■いかに生きれば「自ずと道は開ける」のか
若林が西武鉄道の社長へ就任したのは2012年のこと、当時、63歳だった。
「あの頃、トップになりたいと思った人は皆無ではないでしょうか。天命じゃないけど、全力でやるしかないと思いましたよ」
しかし「バスの営業所長時代から、皆と居酒屋に行くのが好きだった」という若林は、現場とのコミュニケーションを元に、業績をグイグイと引っ張り上げていく。例えば「スマイル&スマイル室」による人気アニメとのタイアップだ。
「実は『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』というアニメは西武鉄道の終点・秩父が舞台なのです。私も観て、女房にあきれられるほど泣きました(笑)」
ラッピング電車を走らせ“聖地巡り(作中に出てくる場所を訪ねる旅)”をするファンのために記念乗車券を発売した。これらの施策がアニメ業界に「西武は協力的」と認識され、同社は有力な提携先として認められる存在になっていく。すると『妖怪ウォッチ』の制作陣が声をかけてくれた。スマイル&スマイル室長いわく「アニメの業界は、コンテンツが人気化すると速い。一方、我々は全駅に貼るポスターをつくるだけでも時間がかかる」らしく、タイアップのオファーがあったのは「本来なら断念せざるを得ないほど直前」だったらしい。だが「人気コンテンツを見逃すのは惜しい」と室長は社長に相談した。すると若林は「君がやるべきと思うならやろう!」と即断し、すぐに社長本人が連絡すべき各部署に声をかけ始めたという。『暗殺教室』のラッピング電車の話があった時は、内容が内容なだけに「イメージダウンに繋がらないか?」と議論された。しかし若林は、この時も「やろう」と言った。
理由があった。
「なぜって、社員がわざわざ『やりたい』と持ってきてくれた企画をつぶしたらもったいないですよ。せっかく機運が盛り上がっているんだから。正直に言えば、いくつかは、私がためらうこともありました(笑)。でも、企画をつぶしたら部下は動かなくなる。一方、企画を通せば『いいことはどんどんやろう!』という雰囲気が生まれ、車両部も、運輸部も、広報も、みんなが『次はこんな企画を』と言い出してくれる」
実に『妖怪ウォッチ』のスタンプラリーは、通常の5倍のお客さんを集めた。鉄道事業では、このような「定期外旅客」の増加が重要で、西武は「クラブ電車」や「同窓会電車」など、さまざまな施策を実施している。ほか、同社は車窓を眺めながら生ビールを楽しめる「ミステリービアトレイン」も実施。大都市の私鉄では初めての試みだったため、保健所と何度も交渉する粘り強さが必要だったが、部下はみな動いた。