◎人間の成長は、外からの刺激でしかもたらされません
作ろうとしてはいけない。それは、大きな力でできあがるのだ。
この言葉が、佐藤の業績の根源になった。
帰国後、彼は次々とヒットを飛ばし始めた。例えば「氷結果汁」のヒットだ。果汁は間違いなく、生で搾った方が旨い。だが、大量生産する場合は輸入品を使うことになる。なら、搾ったその場で凍らせれば、日本の消費者に旨い果汁が届けられないか――これこそ、『氷結果汁』が生まれた理由だ。
『FIRE』も彼が主人公になって売り始めた。佐藤は世界中のコーヒー豆を見た。これがどう輸入され、どう製品になるか、その工程も徹底的に見た。すると、豆を直火でローストしたほうが、断然、香り高く、コクも強いコーヒーが抽出できるとわかった。佐藤は「火には神秘的な力がありますよ」と笑う。だから『FIRE』……。
裾野が広いほど、高い山が生まれる。敷地が広いほど、高いビルが建てられる。同じように、徹底的に興味を持ち、他者の話を聞き、世間が盛り上がるティッピングポイントを探すことが大事だったのだ。
「マーケティングに必要なことは、愛情を持って市場を見ることなんです。愛情って、マーケティングと関係なさそうに見えて、マーケティングの最上位概念なんですよ。ドラッカーさんも言っています」
佐藤は人の話を聞くようになった。世界から学ぶようになった。
「危機は自分では脱することってできないんです。もがくほど、ドツボにはまります。人間の成長は、外からの刺激でしかもたらされません。自分でできるのは、情報を整理することだけですよ」
彼はクリエイティブディレクターの佐藤可士和氏と親しい。頻繁に訪ね、刺激を受けるという。そのほかにも、いろいろな人に会うのでなく、刺激をくれる一部の人間とよくミーティングを重ねる。こんな話で盛り上がるらしい。
「例えば近年、よさこい祭りやハロウィンが脚光を浴びているじゃないですか。これって、スマートフォンなどIoTの進化がきっかけなんじゃないか、などと考えました。情報の伝達量は、10年前の500倍などと言われています。だからこそ、人と会って何かを共有する機会が求められているんじゃないか、とか……」
興味に惹かれるまま、人智学や自然哲学を学んだ。そんななか、例えば「夏に穫れるトマトは食べると体が冷え、冬に穫れる根菜は体が温まる」など自然の不思議さを学んだ。そして世界の食文化を見渡すと、人類は自然の不思議と共存していた。暑い国・タイに行くと、果汁にほんのり塩分を加えて飲んでいた。暑くて汗をかくため、塩分の摂取が必要なのだ。化学が発展したから、人は「暑いと塩分が……」などと説明できるようになったが、ようするにこれは、数百年、数千年にわたりその土地の人が育んできた「土着の味」だ。この深い土着の味は、世界に目を向ければいくらでもあった。
例えば、日本の夏に、塩分が入った飲料があっていい。ここから『世界のキッチンから』のなかでも大ヒット商品となった『ソルティライチ』が生まれた。佐藤は、つくったのではない。興味を持って、裾野を広くして、「世界のキッチンから」学び、商品を作ったのだ。
いわば「この世界」という素材を活かしたのだ。