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フラット3、サッカーの日本化、デュエル、可変システム、現在の日本代表に連なる躍進の34年間

2026.06.28

かつてのサッカー日本代表があと一歩のところで届かなかったアメリカの地に、夢の祭典が再び帰ってきた。現在の代表チームが目指すのは、あくまで〝優勝〟。出場すらかなわなかった32年前を知る世代からすれば、考えられないほどの高い目標設定だ。その可能性はゼロではないと言われるほどまでに代表チームが成長し、日本のサッカー文化自体も発展を遂げられたのはなぜか!? その足跡を、本特集では元代表レジェンドなどの証言を中心に徹底解説! 日本サッカー協会が目指す未来の日本サッカーについてもひもとく。

初のW杯出場にあと数秒のところまで迫った〝オフトジャパン〟。以降、歴代監督は世界に勝つための様々な戦術を練り、選手たちはJリーグや海外で研さんを積み、日本のW杯8大会連続出場につながった。そんな足跡を、戦術面などに造詣の深いふたりが振り返る。

河治さん・戸田さん

サッカーライター 河治良幸さん(左)

1973年生まれ。サッカー専門新聞『エル・ゴラッソ』で日本代表を担当し、プレー分析を軸にグローバルな視点でサッカーの潮流を見つづける。『勝負のスイッチ』(白夜書房)など多数の著書を上梓。

元サッカー日本代表 戸田和幸さん(右)

1977年生まれ。2002年日韓W杯では4試合にフル出場し、ベスト16進出に貢献。清水エスパルスをはじめとする国内チームとともに海外でもプレー。2013年の引退発表後は解説者や指導者として活動中。

1992〜 ハンス・オフト監督の「トライアングル」

[1992年 アジアカップ 決勝 サウジアラビア戦]

トライアングル

オランダ流の組織的なサッカーを日本に持ち込む。チームで攻めるためのベースとなるのが「トライアングル」の理論である。常に複数のパスコースを確保するための基本的なポジショニングを植え付けて、その関係を動きの中で継続するためのスキル習得を提唱した。

1994〜 加茂周監督の「ゾーンプレス」

[1996年 アジアカップ 準々決勝 クウェート戦]

ゾーンプレス

イタリアのACミランなどから学び、日本に導入した守備戦術で、チーム全体で組織的に守る意識を根付かせた。コンパクトに連動してボールを奪うスタイルは「良い守備から良い攻撃に」という好循環をもたらしたが、一発のカウンターから失点するリスクもあった。

1997〜 岡田武史監督の「マークとゾーンの併用」

[1998年 フランスW杯 グループリーグ アルゼンチン戦]

マークとゾーンの併用

前監督の「ゾーンプレス」を継承しながら世界の強豪と戦うために3-5-2へ変更。左右ウイングバックを含む中盤の5人がプレッシングでボール奪取を狙いつつ、3バックはマンツーマンとカバーをし、アルゼンチンやクロアチアのFWを封じたが、一瞬の隙に決められた。

河治 サッカー日本代表で同じ監督がW杯後も続けるのは〝森保ジャパン〟が初めてですよね。北中米W杯で戦う今のチームを、戸田さんはどう見ていますか。

戸田 カタールW杯を経験して、その反省も踏まえながら、さらに上を目指していく流れがある。コーチ陣の入れ替わりはあるけど、ベースの部分は続いている〝継続性〟はすごく大きいと思います。

河治 そういう意味では、日本代表もこれまでに積み重ねの歴史があり、その大きな転換点のひとつが、やっぱりハンス・オフト監督だったのかなと思います。

戸田 オフトさんが来て「トライアングル」とか「距離感」とか、そういう言葉が日本に入ってきた。今から考えたら当たり前なんですけど、それをちゃんと言語化したのは大きかったと思います。

河治 オフトジャパンで印象に残っている選手はいますか。

戸田 ラモスさん、カズさん、センターバックの柱谷哲二さん。あとは今で言うゲームメイカーではないけど、チームのバランスを取る役割を果たしていた森保さん(現・日本代表監督)ですね。

河治 森保さんは目立たないけど、ある意味で〝オフトジャパン〟を象徴していたと思います。そこから「ドーハの悲劇」があり、日本代表の歴史が大きく動きました。

戸田 あれは衝撃でした。最後の最後でW杯を逃しましたから。観る側もジェットコースターみたいな時間だったと思います。

河治 その後、ブラジル人のロベルト・ファルカン監督が来たけど、短期間で終わってしまって、さらに加茂周監督へと続く。「ゾーンプレス」と言うと、世間的に加茂さんのイメージがありますけど、ファルカン監督もかなり高度な「ゾーンプレス」をやろうとしていました。ただ、当時の日本には少し難しかったのかなと。結局は〝加茂ジャパン〟も苦しみ、最終予選の途中で更迭されてしまいました。その後、コーチから昇格した岡田武史監督が最後のイラン戦に劇的な勝利を飾り、初のW杯出場を決め、フランスに行くわけですけど、大会に出場した日本代表のことを、どう見ていましたか?

戸田 結果は3連敗でしたが、世界との絶望的な差を感じる試合ではなかったと思うんですよ。日本代表らしい集団で戦う力を、ある程度は示せたように思いました。

歴代選手を一挙にプレイバック!

歴代選手01|三浦知良

通称〝キングカズ〟。15歳でブラジルに渡り、プロとしても活躍し、Jリーグ開幕を見据えて帰還。「ドーハの悲劇」を経験したひとりでW杯の出場はないが、59歳の今も現役。J3・福島ユナイテッドFCで最年長出場記録を更新中。

三浦知良

歴代選手02|中山雅史

〝ゴン〟の愛称で知られる魂のストライカー。ジュビロ磐田のエースとして数多くのタイトル獲得に貢献し、1998年のJリーグで、シーズン36得点。3連敗に終わった1998年フランスW杯では、日本のW杯初ゴールを記録した。

中山雅史

歴代選手03|松永成立

代表戦40試合でゴールマウスを守り、1993年には「ドーハの悲劇」を経験。基本的な技術が極めて高く、現在の基準で見ても通じる要素が多い。その豊富な経験と知見を生かし、GKコーチとして多くの選手を育てた。

松永成立

歴代選手04|井原正巳

〝アジアの壁〟の異名を取った伝説的なセンターバック。1対1に強いだけでなく統率力があり、ディフェンスリーダーとしてはもちろんチームのまとめ役として、1998年フランスW杯までキャプテンを務めた。

井原正巳

歴代選手05|山口素弘

得点が取れるボランチとして〝加茂ジャパン〟の申し子に。フランスW杯のアジア最終予選で主軸を担い、1997年9月の韓国戦で決めたループシュートは後代まで語り草となっている。本大会も3試合にフル出場した。

歴代選手06|名波浩

1998年フランスW杯の10番。左足を自在に操り、ゲームメイク、チャンスメイク、フィニッシュと、すべてに関われる攻撃的なMF像を作り上げた。2023年から攻撃担当コーチとして日本代表を支え、森保監督を「ボス」と呼ぶ。

山口素弘

サッカー界隈で話題になった主な歴代トピックス〈Part. 01〉

1993年に開幕したJリーグは、観客動員数が300万人を超え、関連商品も続々と発売されるなどの大きな経済効果を生む。それだけに同年秋にW杯出場を逃したショックは強く、その分、1996年アトランタ五輪でのブラジル撃破や1997年のW杯出場決定に日本中が湧いた。

Jリーグ開幕  Jリーグカレー  デカビタC  チアホーン  「アルシンドになっちゃうよ」  
ドーハの悲劇  ジーコの唾吐き事件  「友達ならあたりまえ」  野人・岡野  
マイアミの奇跡  「外れるのはカズ」  ジョホールバルの歓喜

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