シリーズ「イノベーションの旗」。この連載では、技術革新に挑む企業の取り組みを紹介する。
30年間、ほとんど給料が上がらない日本。原因の一つは付加価値のある製品を生み出せない点にある。付加価値にイノベーションは不可欠だ。変化が加速する時代、ビジネスパーソンも企業にとっても、技術革新は最重要課題である。
JAXAの無人小型月着陸実証機『SLIM(スリム)』が1月20日午前0時20分ごろ、月の赤道南側の「神酒の海」のクレーター付近へのピンポイント着陸に成功。公開された月面に着陸したスリムの鮮明な画像に、人々は驚きの声を上げた。まさに日本の技術、ここにありといった快挙であった。
月面着陸したスリムを撮影したのは、直径約80mm、重さ約250gの『SORA‐Q(ソラキュー)』という超小型ロボット。スリムに搭載された手のひらサイズで球型のソラキューは着陸直前、月面に放出され、形を変えて月面を移動し、着陸したスリムの撮影に成功した。
タカラトミーが、JAXA、ソニーグループ、同志社大学と共同開発した超小型の変形型月面ロボット『LEV-2(レブツー)』。愛称は『SORA‐Q(ソラキュー)』。
JAXA/タカラトミー/ソニー/同志社大学
月面着陸実証機の撮影という快挙に成功した超小型ロボット、ソラキューを開発したのは、玩具メーカーの株式会社タカラトミーである。宇宙事業で世界初のミッションをおもちゃ会社が成し遂げた、胸を躍らせる話ではないか。
開発を担ったタカラトミーSORA-Qプロジェクトリーダ―の赤木謙介さん(42)と、ベテラン技術者の米田陽亮さん(63)に、ソラキュー開発の秘話を聞いた。
タカラトミーSORA-Qプロジェクトリーダ―の赤木謙介さん。
“昆虫型のロボット”なら実績がある
ソラキュー開発のいきさつをプロジェクトリーダー赤木謙介が語る。
「2015年に、民間企業と宇宙開発を押し進めていく、JAXAの宇宙探査イノベーションハブという部署が研究提案を公募したんです。テーマの中に“昆虫型の小型ロボットを宇宙空間や、地上で活動させるミッション”という項目がありまして」
JAXAの公募に手を上げたのは、タカラトミーの企画開発本部だ。おもちゃをもっと面白くしていくために、既存の商品とは別に新しいことを考えていく。そんな企画開発本部のメンバーは、“出会い”を探していた。
「おもちゃとしての小型の生物的なロボットの開発研究は、常に手掛けている。“昆虫型のロボット”なら、これまでの実績が活かせるに違いない。宇宙産業に貢献できるかもしれない」
そんな想いを背景に手を上げると、100以上の応募の中から白羽の矢が立ち、タカラトミーとJAXAの共同研究がスタートした。2016年のことだった。
小型ロボットの重量は約300g、約100mmのサイズに納まり移動できること等、JAXAから条件が提示された。共同研究が進展するに従い、無人小型月着陸実証機に搭載されること、月面着陸の前にスリムから放出され、月面を移動し着陸したスリムを撮影すること等、具体的なミッションが明らかになっていった。小型化と軽量は宇宙開発のコストを下げるために必須である。
(C)JAXA (C) TOMY
月面に到達後、スリムから分離して着陸。
(C)JAXA (C) TOMY
低重力環境下で、月面を移動してスリムを撮影し、画像データなどを地上に送信するのがミッション。
球形というブレイクスルー
赤木謙介の説明から、開発スタッフのこんな話し合いがうかがえる。
「月面に放出された時に、岩の上に落ちるかもしれない」
「車軸に車輪を取り付けた車型のロボットだと落下したときに車軸に負担がかかります」「タイヤのような形にして、月面でカメラが出てくるものを考えてみますか……」
「でもタイヤ型だと走行や坂道の登坂性能を高めるためには、サイズを大きくする必要があるし、横倒しになった時、どう起き上がるか想定しなければならない」
JAXAには進捗状況を逐一報告した。JAXAの担当者には「おもちゃを開発する時のような発想を取り入れてくださってかまいません」と、アドバイスをもらっていた。試行錯誤した結果、変形ロボット「トランスフォーマー」というおもちゃに活用されている技術の採用が決まる。
赤木謙介は言う。「これまで何千体もの変形ロボット等を開発して、少ない動作で変形させる技術の蓄積がありましたから」
スタッフの話し合いはさらに具体化していく。
「月面で拡張変形する前の形は、球型がいいと思います」
「球型なら月面に放出されたとき、仮に岩の上に落下しても、ダメージは少ないですね」
スリムから放出されたソラキューは、月面で旧型の真ん中が分割し、カメラが露出して外殻は車輪へと素早く拡張変形。ミッションをスタートさせるというわけだ。