■連載/あるあるビジネス処方箋
ここ3回連続で2024年、25年新卒の採用戦線をテーマとしてきた。
①大企業vsメガベンチャー、勝つのはどっち?就活戦線に異常あり!?
②優秀な学生ほど「攻める就活」をしない理由
③企業が多数の就活生エントリーを集めるのは時代錯誤?
今回は、一部の大企業やメガベンチャー企業が競い合う理系の優秀な学生の採用について私が取材で知り得ていることを補足したい。
メガベンチャーが「理系エリート引き抜き」で出し抜く方法とは?
結論から言えば、優秀な理系の学生を文系の学生たちよりも早いうちに獲得しようとする動きははるか前からある。したがって、そのこと自体、「ニュース」とは言わない。
例えば、私の知人に70代半ばの男性がいる。1970年前半に旧帝国大学の理系の大学院を修了した。その頃、10社を超える大手メーカーの採用担当者が研究室まで訪れたという。最終的に世界的に名の通ったメーカーに就職し、研究員として40年近く勤務した。
理系エリートは、文系の多くの学生とは扱いがもともと異なる。新卒時に売り込むことをしなくとも、多くの企業から声がかかる。このスタイルはすでに1970年前後に、おそらくそれ以前に出来上がっていたはずだ。
優秀な理系の学生を早いうちに獲得しようとする動きにニュース性があるならば、次のことだ。かつては大企業、特に大手メーカーどうしの競争で優秀な理系の学生を獲得したのだが、そこにベンチャーの雄と言える5~7社のIT系メガベンチャー企業が参入している。
苦戦はするはずだ。理系の場合、同じ研究室の先輩、後輩の関係が文系のそれよりは強い。大学院になると、さらに強くなる。先輩は大手メーカーの研究員になっているケースが多い。メガベンチャー企業はここに飛び込んで「うちに来てください」と誘うのだが、大企業の強さをあらためて思い知るのではないだろうか。
苦戦を想定し、メガベンチャー企業は対策をとっている。例えば、理系エリートの初任給を同期の総合職(7~9割は文系)よりも高く設定している企業がある。入社時に総合職とは別枠で採用するならば、20代、30代、40代、50代とキャリアを積んでいくと賃金は総合職と異なっていくはずだ。
これまで、理系エリートは採用では同期の総合職とは違う扱いを受けていたが、入社後の賃金はほとんど同じだった。大企業の場合、労使関係のしがらみや企業内労組との関係や労使協定があり、理系エリートだけを特別にする賃金制度を設けるのは難しい。メガベンチャー企業はそこを見抜き、「うちに入社すれば、こんな待遇を受けることができる」と攻勢をかける。労使関係のしがらみがあまりないからこそ、できるのだろう。
なお、一部の経済雑誌やビジネス雑誌、ニュースサイトがこういう採用を「ジョブ型雇用」と報じるが、それは事実誤認だ。これらのメガベンチャー企業は職種別採用の1つの職種としてエンジニア職などを設け、理系エリートを採用しようとしている。そこにジョブ型雇用で不可欠なジョブスクリプションは存在しない。
文系は「幹部候補採用」も
もう1点、大切なことを述べておきたい。文系においても、理系エリートを採用するのと同じようなことが増えるはずだ。これまでは、文系は総合職として採用されるパターンが圧倒的に多かった。
最近は総合職とは別に、文系・理系の双方がエントリーできる職種、例えばプログラマーや営業、経営管理などを設けている企業がある。これらは、専門職と言える。総合職のように様々な部署を経験するのではなく、基本的にその職種のみを経験し、キャリアを積む。さらに、役員などの経営幹部候補を採用するコースを設けた企業もある。30~40代で役員にすることを目標としているようだ。
こういう多様な採用にしているのは、特にベンチャー企業に目立つ。背景には、総額人件費の厳密な管理、圧縮、削減がある。ここ20年程は、管理職のポストを減らしているために総合職として雇っても、管理職にはなれない社員が一定数いる。そのような余剰人員をつくらないためにも、20代前半の頃から専門職や経営幹部候補として採用し、育成したいのだろう。
理系エリートの獲得を競う大企業とメガベンチャーの採用をここまで視野を広げてみたほうがいいと私は思う。
読者諸氏は、何を感じるだろう。
文/吉田典史