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地球環境の保全に配慮、持続可能な社会発展につながる製品や企業を紹介するシリーズ、「サステイナブルな企業のリアル」。今回はプラスチックのお話だ。原材料の99%が植物由来というプラスチックは、既存の石油由来の原材料のプラスチックが抱える環境への負荷を解消する一つの答えである。
株式会社カミーノ、代表取締役深澤幸一郎さん(52)。広島市平和記念公園内の寄せられた10tもの千羽鶴を丸形のおしゃれな扇子へと再生する事業に携わった深澤さん、紙の可能性に魅せられ、紙を使った自然由来の新素材でプラスチックを製作する事業に、のめり込んだ。
フェイスブックを見てびっくり
柔らかい紙に強度を持たせるため、微生物によって完全に消費される、環境に負荷を与えない生分解性樹脂を紙に混ぜ合わせたのだが、
「ダメでした。生分解性の材料は成形が難しい。既存のプラスチックに用いる石油由来の合成樹脂は、熱を加えると水のようにサラサラになり、金型で成形した製品は冷えるとすぐに固まり大量生産が可能です。ところが生分解性樹脂は熱を加えると、水飴みたいにドロドロ、ネバネバになる。ようやく固まっても、金型にくっ付いてなかなか剥がれない。大量生産どころか成形も難しかった」
いったいどうすればいいのか。そもそも社員数名の会社が、化石燃料由来の原材料に代わる、自然由来のプラスチックの新素材を世に送り出すことなど、できるのだろうか。深沢はそんな葛藤を抱えながら、生分解性樹脂の成型のエキスパートを探した。そして、バイオプラスチック成型の第一人者の名前を知る。
あっ、この人じゃないか――。
深澤が思わず膝を叩いたのは、外務省時代の同期で、フランスのリヨンの領事館にいる友人のフェイスブックを見ている時だった。
バイオプラスチックの第一人者で、幾多の成型技術の特許を取得している小松道夫――。特に植物由来性分解樹脂のポリ乳酸(PLA)射出成形の世界的な第一人者だ。
プラゴミの輸出大国ニッポン
深澤がコンタクトを取りたいと切望する人物が、なぜリヨンの領事館の友人のフェイスブックで紹介されていたのか。それには日本の事情を反映するストーリーがあった。
欧米が石油由来のプラスチックから脱却しようとしている中、日本政府は生分解性樹脂を軽視し続けてきた。日本はプラスチックゴミでも800度以上で焼却し、発がん性物質のダイオキシンを出さない、優秀な焼却炉を建設する技術がある。その焼却炉の輸出に力を入れてきたが、欧米諸国では化石燃料資源由来のプラスチックは、海洋汚染や環境破壊の元凶とみなされている。プラスチック廃棄物の輸出大国である日本も、欧米諸国の脱プラスチックに追随せざるを得なくなっていくのだが。
今日でこそ各種の賞を受賞し、時の人として引く手あまたな小松氏だが、2010年代半ばまでは、国内で注目されることが少なかった。欧米の企業や公的機関に呼ばれ、技術指導や講演等を行うことが多く、リヨン訪問もその一環だった。
「私は地球のため、日本のためにもいいことをやっているのに、日本ではほとんどの人が振り向いてくれない」
リオンの領事館を表敬訪問した小松氏のそんな語りに、友人の領事館員が小松氏の技術を広めようと、フェイスブックで紹介したことを深澤は後で知った。
フェイスブックを見た彼は早速、リオンの友人に連絡を取り小松氏を紹介してもらい、丸の内のホテルで対面する。2017年のことだ。
「紙と植物由来のものを合わせて、プラスチックを作りたいのです。そもそもそれは可能でしょうか。可能なら、是非、技術指導をお願いしたいのです」
「紙と生分解性樹脂を混ぜれば、100%に近い自然由来の製品が作れます。土にかえるプラスチックができますよ」
「日本初のもので、世界的に価値のあるものを作り出したい。日本はプラスチック廃棄ゴミの後進国だといわれてきましたが、“こういうものもあるんだぞ!”と、世界に見せつけてやりたいです」
「いいですね、やりましょう!」
小松氏との初対面は、こんな感じで意気投合した。
小松氏とともに開発に携わる提携会社のスタッフと、新素材のプラスチックの開発がはじまった。自社に設備がないのでコンパウンドメーカー(混ぜ合わせ屋)に依頼して試作を重ねる。
「パプラス」誕生
小松氏が用いた主原料は古紙とは異なる、使っていないバージン紙と、トウモロコシやサトウキビを原材料とするポリ乳酸。ポリ乳酸は植物由来の中では最も安定して使えるとされる物質である。
植物由来はベトベトして固まりにくい。金型にくっ付いて成形しづらい。植物由来の成分を高めると、柔軟性がなくなり製品がパリッと割れてしまう。それらの難問を金型の専門家であり、ポリ乳酸(PLA)射出成型の世界的な権威者の小松氏たちは、じっくりと試作を繰り返し、ブレイクスルーしていく。
「僕も経営者なので、より成形しやすいもの、よりコストを下げることを考えがちですが…」
時には成形をしやすくするために混入する添加剤に、安価な石油由来の成分を多めに使うことを提案したこともあったが、「100%に限りなく近い植物由来のプラスチックを作るというポリシーが守れないのなら、オレは辞める!」技術顧問に就任した小松道夫氏は、妥協を許さなかった。
試作品第一号ができたのは2018年、パプラスと名付けられた新素材の一般公開は2019年夏だった。
「植物成分が高いもので、しっかりした製品ができたかなと」深澤は口元を崩す。植物由来99%以上、石油由来のプラスチックの代替品として、世界最高水準のサスティナビリティな素材に仕上がった。
廃棄の時は土に埋めれば、数年で水と二酸化炭素に分解する。回収して粉砕し溶かしてバージンの紙と混ぜ、製品の劣化を避けながら同じ製品に再生することもできる。資源循環が可能だ。
――サスティナビリティな新素材ですが、要は…
「世の中が欲しがるかどうかですね。デザインを重視しなくてはいけないと思ってます」
――値段も大切な要素になってきます。
「“生分解性はいらないから値段を下げてほしい”とか、“植物成分はちょっとでいいので、値段に柔軟性が欲しい”とか、商談でそんな相談されることも…。日用品なので例えば、通常の石油由来のトレーが1500円ほどなら、将来的にその1.5倍ほどが目安になります」
――パプラスの販売開始は2021年9月ですね。
「デザインや値段等を考慮して、売れると自信が持てる製品にするまで時間がかかりました」
第一号はプラスチックフリータンブラーという商品名で値段は4200円(税抜き)。スープボウル、マグカップ、ソーサー等々、今後はパプラスのラインナップを揃え、自社ブランドの向上を目指す。
「一般の方が手にする製品にはロット番号を付けます。使わなくなったものを送り返していただければ、次に製品を購入する際に使えるクーポンを進呈する。回収された製品がどうなっているかはロット番号を入れると、ウェブサイトで把握できる。消費者自身が愛用したもののリサイクルを把握する、そんな社会実験をしてみたいと思っているんです」
植物由来に徹底的にこだわった製品、売った後もサスティナブリティへのこだわりは抱き続けたいというわけだ。
取材・文/根岸康雄
http://根岸康雄.yokohama