前編はこちら
サステイナブル――、持続可能、環境や資源にくい配慮、地球環境の保全、未来の子孫の利益を損なわない社会発展。それらにコミットする製品や企業を紹介するシリーズ、今回はサステイナブルな製品を開発する発明家の紹介である。
株式会社アテック 芦田拓也会長(80)本社は練馬区内の築30年以上は経つ1DKマンションの一室。従業員は5名。年老いた愛犬の「ハッピー」が事務所内をウロウロする。「今まで130ぐらい特許を申請した」と言う芦田会長だが町の発明家か、それとも本物のエジソンか。数々の発明の中でもオゾンを使った浄化装置、同じ電力で倍近い出力を得られる新型モーターは、サステイナブルに大いに貢献する製品だが。今回はオゾン発生浄化装置の顛末と、画期的な“大発明”デュアルハルバッハと名付けられた高効率モーターの開発秘話、それと今を紹介する。
「1600万円にしときゃ。大失敗(笑)」
工学院大学で電子工学を学んだ芦田会長、32歳で独立。一時は家を5軒持つほど儲かったが、5軒の家は十数年の間に手放した。
「技術は任せてくださいなんだけど、売る力がない、経理も得意じゃない。マネージメントはもっとダメ(苦笑い)」さらに、「頼まれるとイヤと言えない」本人も認める性格。それでも発想と技術力で、会社を維持してきた。
苦情が絶えない飲食店が入るテナントビルの合併槽の腐敗臭。2000年に入ってセラミックを使いオゾンを発生させて、悪臭を無臭にする画期的な浄化装置を開発。薬品を使わないサステイナブルな時代に、ふさわしい装置で一獲千金を夢見たが。
「東京都の水処理会社の一覧表の中に、うちの会社も載ったんです。名だたる大会社ばかりでビル等の汚水処理の装置も4000万円、5000万円という数字が並ぶ。その中でうちの装置の値段は160万円、名前も知られていない町工場ですから」
「なんだ、この会社は?」「160万円なんて安過ぎる、おかしいぞ」「信用できないな」担当者の間で、そんな話になっただろうことは想像に難くないと芦田は言う。
――もっと値段を高くしておけば、よかったのでは?
「1600万円にしときゃよかった。大失敗(笑)」
――しかし、本当にいいものなら口コミで広がっていくはずですが?
「ダメダメ、うちは営業がいないから。営業がダメだと、どうしようもない」
数万円から数十万円と、大きさによって値段の異なるオゾン浄化装置は何台か、横浜中華街のレストランや公的施設に売れたようだ。
デュアルハルバッハ配列のすごさ
高効率の画期的なモーターの開発は、8年ほどさかのぼる。懇意にしている出身校の工学院大の先生との話がきっかけだった。
「ハルバッハ配列という方式のモーターを手掛けてみたい」先生はそう切り出した。ハルバッハ配列とは、磁石のN極とS極の方向を最適化する配列のことで、この配列を用いたモーターは高性能が得られる。通常、モーターに加えた100のエネルギーは摩擦で削がれて、多くのモーターは50~60%のパワーしか出ない。だが、ハルバッハ配列を用いたモーターは、95%以上のパワーを発揮する。
アテック社HPより引用
「ハルバッハ配列を2列向かい合わせて並べれば、モーターはさらに高性能になります」
「モーターの回転子の内側と外側に、ハルバッハ配列の磁極を並べるのか」
「2列、つまりデュアル。これはだれも手掛けていない」
「デュアルハルバッハか、2列なら磁力が2倍になるのだから、同じ電気代で倍近い動力が得られる。省エネには最適だ」
「強い磁気のおかげで変換効率もいい。100のエネルギーに対し、90%台後半のパワーを得られる」
懇意の先生と芦田の話は盛り上がった。
「モーターのコイルには、コアになる鉄心を使わない。コアレス構造にしましよう」
「それはいい、コアレスにすればコギングがなくなる」
コギングとは回転子が回転する際に、ガックンガックンとなる動きのことで、鉄心があるとこの動きが生じる。モーターと発電機は同じ原理だ。発電機として電力を得たい時、ゴギングは大きな障害となる。カックンカックンの動きが解消されれば、例えば風力発電に用いた場合、頬に感じるそよ風でも発電機の回転子が回り、電力に変えることができる。モーターで使っても発電機でも、サステイナブル時代の大きな武器となりえるのだ。
助成金を得て、本社がある練馬のマンション別室で芦田の試作が続いた。コンパスの磁石の磁力は1ガウス以下だが、ハルバッハ配列に使う磁石は1万2000ガウスだ。磁力に耐えながら、試作用の回転子の内側と外側に指の先ほどの磁石を一つずつ入れ込んでいく。
「磁力が強すぎて、ちょっと集中力が途切れると、磁石と磁石が猛烈な力でくっつこうとするのに巻き込まれて。挟まれると指に5ミリぐらいの穴があいてしまう」流血に耐えながらの開発だった。
「確かにいいモーターだが…」
着手からデュアルハルバッハ配列の高効率モーターの商品化まで、足掛け6年。完成した製品を大手メーカーに持ち込むが、「うーん……」担当者からは色よい返事がもらえない。
「確かにいいモーターだが、量産に適した製作方法が、確立していないんだろう」
「量産技術の設計はめどが立っていますし、御社の技術で克服できます」
「でもね、稼働中のラインを一つ止めて、新型モーターに替えたら、部品を納入する外注を替えることになるし、投資金額を大きくなるしね……」
そんな感じの理由で、デュアルハルバッハの量産に二の足を踏む企業ばかりだ。また、デュアルバッハは配列が2列なので、磁石がハルバッハよりを倍必要だ。その分、値段は高額になる。
「ロイヤリティーを30憶円払う」外国企業からそんな提案もあったそうだが、兵器転用の恐れもあるし、ロイヤリティーの金額に納得できないと協賛する先生の意向もあった。
用途を替えることで、売り込み先が広がるかもしれない。そこで補助金を得て、ドローン搭載用のデュアルハルバッハ配列のモーターを開発した。直径90ミリ、1.6kWだが4kWにパワーアップしたモーターを8発ドローンに搭載すれば、128㎏の荷物を運ぶことができる。売り込み先は未定のようだが現在、東京~八丈島間を運搬することを想定し、ドローンのモーターを考案中である。
「世界中がうちのモーターに替えたら、半分とは言わないが、今の3割程度は省エネにつながる。すごいことですよ。私が生きている間に、世界中にこのモーターを普及させたい」
御年80、幾多の試練を乗り越えた町工場の親父さんは、サステイナブルな時代にブレイクしようと、虎視眈々なのである。
取材・文/根岸康雄
http://根岸康雄.yokohama