■連載/あるあるビジネス処方箋
今回は、小さな会社でよく見かける上司をテーマに取り上げます。2年半前、365日24時間態勢の在宅診療・看護の恵泉クリニック(世田谷区)の事務局長であり、株式会社メディカル・ハンプの社長・内田玉實さんが話していたことをまず、紹介したい。
「小さな在宅医療クリニックで看護師として長く勤務すると、勘違いをする人もいるのです。私が以前、ほかの在宅医療クリニックの経営者から相談を受けたケースで言えば、医師から何かを頼まれても、バカにしたような態度をとるベテランの看護師がいるようなのです。
医師はその看護師を敵に回し、看護師全員で徒党を組まれたくない。それでは、患者さんにも迷惑をかけてしまう。だから、医師はぐっとこらえる。我慢を重ねた末で、クリニックの経営者に相談をしたようです。「あのベテランの看護師をなんとかしてほしい」と…。
この看護師はほかの優秀な看護師に厳しくあたり、辞めるように仕向けるみたい。そのクリニックはこのような看護師にも一定の役職を与え、待遇をよくしていかざるを得ない。この業界は慢性的に人手不足であり、今は深刻な状況なのです。
すると、看護師はますます、勘違いをする。私の数十年の経験をもとに言えば、このタイプの看護師は得てして自己顕示欲が強い。それは、必ずしも悪いことばかりじゃない。「自分はすごいよ」っていう思い込みが本人にないと、伸びないのかもしれないと思うときがあります。優秀な人って、自己顕示欲が強いものですよ。
その思い込みが強すぎると、自分にはすごい才能があると信じ込み、部下などに感謝ができなくなる。おのれよりも能力が高い部下がいると、排除する。こうなると、「最悪の上司」でしょう」。
私がこの話で特に共感し、考え込んだのは次のところだ。
・長く勤務すると、勘違いをする人もいる
・医師から何かを頼まれても、バカにしたような態度をとるベテランの看護師がいる。医師はぐっとこらえる
・この看護師はほかの優秀な看護師に厳しくあたり、辞めるように仕向ける
・するとますます、勘違いをする
・このタイプの看護師は得てして自己顕示欲が強い
・「自分はすごいよ」っていう思い込みが本人にないと、伸びないのかもしれない
・その思い込みが強すぎると、自分にはすごい才能があると信じ込み、部下などに感謝ができなくなる
・おのれよりも能力が高い部下がいると、排除する
・こうなると、「最悪の上司」でしょう
私の受け止め方だが、この看護師はきっと「井の中の蛙」「身の程知らず」な一面があるのだと思う。この話の舞台は、看護師が10人程のクリニックのようだ。仮に看護師が数百人いる中堅の病院や、さらに大きな大学病院ならば、こんなにやりたい放題はできないのではないだろうか。中堅病院や大学病院ならば、一定のペースで新卒や既卒、中途の採用試験で新しい看護師が入ってくる。数年ごとに配置転換が行われるために、部署の看護師の顔ぶれが変わる。退職者もいるだろう。
この看護師よりも経験が豊富で、見識を持ち、優秀な看護師が相当数いるはずだ。少々、怖い看護部長もいるかもしれない。「あなたの好きなようにはさせない」と立ちはだかる看護師もいるのではないか。こういう圧力がほとんどないために、「ますます勘違いをする」のだと私は思う。
このケースは、小さなクリニックだけではない。社員が300人以下の中小企業では頻繁に耳にする話だ。私は1990年から現在までの約30年間で、おそらく数十件は聞いていると思う。この連載「あるあるビジネス処方箋」で、新卒時に中小企業やベンチャー企業に就職することは避けたほうがいいと繰り返し説くのは、こんな上司の下で苦労するのがわかりきっているからだ。
小さな会社では社員の定着率が概して低く、残っているだけで課長や部長になるケースは多い。役員になる場合すらある。それほどに昇格の基準が曖昧で、人件費の管理もずさんなのだ。だからこそ、信用調査機関や銀行、信用金庫の調査では同一業界の大企業よりは低い。
ほとんどの人が在籍していると、管理職になり、一応は部下を持つ。教える技能は持ち合わせていない可能性がある。そんな教育訓練や研修を受ける機会がないのだ。こういう職場では、今回のような「最悪の上司」が誕生する傾向がある。
私の会社員の頃(1990年∼2005年)を振り返っても、「最悪の上司」は確かに存在した。特に30代前半から後半にかけて仕えた上司は自分よりも優秀な部下を認めず、必死に抑えつけようとしていた。それは、哀れなほどだった。管理職とは何ぞや、をまったく心得ていないのだ。例えば、自分中心の態勢を作ろうと懸命になるのだが、部署の業績を上げるためにチームを作る発想がゼロだった。
この連載の記事「なぜ中小企業には記者泣かせの経営者が多いのか?」で紹介したように、中小企業は世間一般の感覚と相当にずれた価値観で成り立っている傾向は多少なりともある。
それでもなおも、読者諸氏は入社しようとするのだろうか。少なくとも、私は将来有望な学生に積極的にはお勧めはできない。読者には人生の選択で損をしてほしくないから、しつこいほどに書いている。
文/吉田典史