「リーダーはつらいよ」シリーズ、コロナ禍の中、働き方も変わり、部下への仕事の指示も躊躇しがちで、中間管理職は歯がゆさを感じるご時世である。今回紹介する管理職も例外ではない。
シリーズ第23回 株式会社スクウェア・エニックス 第三開発事業本部 シニア・マネージャー ファイナルファンタジーXIVリードプロジェクトマネージャー 松澤祥一さん(41)。
「ファイナルファンタジーXIV」(以下・FFXIV)は、ファイナルファンタジーシリーズの14作目。オンラインゲームで全世界累計プレイヤー数は2000万人以上。従業員約2500名のこの会社を支える屋台骨の一つだ。松澤さんは主に継続的にアップデートされるFFXIVのゲーム開発の進行管理と、宣伝・マーケティングチームのマネージメント。ビジネスの収支も係わっている。直属の部下は約20名だ。
筆者の私は、ほとんどゲームの世界を知らない。それがかえって良かった、勝手にそんな思いを抱いたインタビューだった。
手掛けたモバイルゲームにヒットの兆し
「ゲームは子供の頃から好きでした。ゲームの業界は制作したゲームが当たれば儲かるし、ヒット作が出なければ倒産もあり得る。その意味で水商売ですが、この世界に入っても後悔はしない。人生をかけてやってみたい仕事だと」
松澤祥一が、結婚を契機に大手印刷会社の系列企業から、今のゲームの制作会社に転職したのは30歳を目前にした29歳の時だった。
最初の配属は社長直轄の事業開発部。上司がゼロベースから立ち上げられたいくつかの事業にメンバーとして携わったが、最もうまくいったのが、主に携帯電話を使って遊ぶモバイル事業だった。その後、チームとともに松澤はグループ会社のモバイル事業の担当に着任。
当時、他社のモバイルゲームが大ヒットする直前で、どこにヒットの肝があるのか、手探り状態であった。彼とスタッフは10タイトルほどのモバイルゲームのサービスを手掛けた。タイトルとは作品のことだ。その中で松澤自身がプロデューサーを兼任したタイトルがあった。カードを使ったゲームだったが、キャラクターがウケた。売上げの数字はタイムリーに可視化できるが、このゲームの初速がよかった。数字が跳ね上がったのだ。
集中と選択の決断、この大切さを痛感
――当時を振り返り、その時点でやっておくべきことは何だったのでしょう。
「そのカードゲームに戦力を集中すべきだったんですよ」
――それができなかった?
「事業責任者として全体を見ている中で、自分が受け持つタイトルに、スタッフを集めることについて抵抗感があったんですね。また、一つに戦力を集中した時、将来芽が出るかもしれないタイトルの可能性を断ち切ることになるかもしれない。それが怖くて踏み切れなかった面もありました。結局、当たりが見えたカードゲームはプチヒットで終わってしまった」
管理職たるもの、これはと確信したら腹を決め、選択と集中を決断することが大切だと、松澤はこの一件で痛感する。
彼が上司からFFXIVのチームへの異動を持ちかけられたのは、2013年だった。
「まったく違う畑から合流するのですから、期待にこたえられるかどうかわかりませんよ」松澤がそう返答すると、「ゲーム自体がバクチのようなもんなんだからさ、思い切りやっていいよ」と、上司は応えた。
お金の要らない体験ゲームを無制限に、これが効いた
10年9月に発売されたFFXIVは、サービス開始当初、不備・不全が多く、13年8月に『新生FFXIV』を発売。松澤がプロジェクトマネージャー(プロマネ)として、FFXIVの部署に異動した当時は、『新生』の発売から間がなく、部署は活気に溢れていたという。
プロマネの主な仕事はゲーム開発の進行管理だが、前の部署では開発したゲームの売上げを常に意識していた。新しい部署でも収支の数字は否が応でも気にかかる。
どうすれば、FFXIVの売上げの数字を伸ばすことができるのか。データを分析した松澤が注目したのは、FFXIVのお金のかからない体験ゲームに訪れるユーザーだった。
「14日間限定のお金のかからない体験ゲームを無制限に遊べるようにして、より人が集まりやすくしたんです」
――しかし、無料のゲームを無制限にすれば、売上げに結びつかないのではないか。
「ふつうはそう思いますよね。でもお金の要らない体験を無制限にして、FFXIVを触ってもらい、より深くわかってもらうことで、例えば他のプレイヤーとのコミュニケーションが、より取りやすくなるとか、有料の価値をわかってもらえるんです」
「おかげさまで、右肩上がり」でもーー
リスクを取ってでも、手を打っていく彼の手法には失敗もある。例えばFFXIVはゲームをはじめると、自分のキャラクターをつくるが、それを途中で止めてしまう人がいる。
「ダウンロードの時間が長くて、途中で止めてしまうのではないかと仮説を立てたんです」
そこで要約すると、ダウンロードの時間を短縮して、キャラクターがつくれるような機能をコストをかけて開発した。だが、それを導入しても数字は伸びなかった。
「キャラクターづくりを止めてしまう人の理由は、僕が立てた仮説と違っていた。『すみませんでした』と、協力してくれたスタッフに謝りました」
一方、アカウントは残っているが、FFXIVを休眠している、そんなユーザーに会社のシステムを経由して、「こういう人があなたに戻ってきてほしいと言っています」と、メッセージを伝える“復帰呼びかけキャンペーン”の仕組みは、結果つながった。
――今の部署に着任して数字は伸びましたか。
「おかげさまで、右肩上がりで」
誰に指示されたわけではない。自分でアクションを起こさないと結果はついてこない。そんな感覚が、前の部署での経験で身に染みていた。着任から1年ほどして、松澤はプロジェクトチーム全体のマネージメントを担当。その後、宣伝チームもマネージメントすることになる。20名ほどの部下を率いる管理職としては、数字を伸ばすことのみならず、“人を伸ばす”ことも大きなテーマになってくるのだが、そこは後編で。
取材・文/根岸康雄
http://根岸康雄.yokohama