■連載/あるあるビジネス処方箋
今回は、ある大企業(専門商社、正社員数1200人)の新卒採用に人事部員(課長補佐)として関わった男性(47歳)を取材した。2年前に退職をした男性は現在、同業界の中堅商社(アパレル系)に管理職として勤務する。本人の希望で、氏名は匿名とした。事例として取り上げた会社は、特定できうる可能性があり、内容を一部加工した。
大企業やベンチャー企業の多くが新卒(主に大卒)採用の際、自社で制作したウェブサイトを使います。求人サイトに案内を載せることもしていますが、最近は自社制作に力を注ぐケースが増えてきました。
私がかつて勤務し、人事部員として関わっていた専門商社(社員数1200人程)でも、部署横断のプロジェクトチームをつくり、ウェブサイトを3年前にオープンしました。相当なコストを使った、と社員たちから聞いています。読者数が多く、新卒採用試験を受ける学生数はこの2年間で20∼30%増えたようです。
ここからが、問題なのです。学生に対し、会社の内情をよく見せるように意図されているのですが、15年程勤務した私からすると、許容範囲を超えているように見えます。たとえば、「若さあふれる雰囲気で、入社後早いうちに活躍できそう」と感じ取らせているらしいのですが、実態からかけ離れた内容に思えます。社員の平均年齢が30代後半で、創業40年以上で、経営感覚は旧態依然。私も古い体質に嫌気がさして、2年半前に退職しました。
私がウェブサイトの隅々まで確認すると、今の「働き方改革」を意識したものになっているのでしょうね。例えば、「毎月の残業時間平均が20時間」「女性管理職を2年で10人程を増やした」などと、軽いノリなのです。これらの内容が事実であるのかも、疑わしいのですが…。学生は、このユルイ雰囲気に好感を持つみたいです。ウェブサイトの影響もあり、エントリー者数は2000人を超えるようで、あの会社のレベルならばすごいでしょう。以前は、1000人程でした。一流の大企業やメガベンチャー企業でも、3000人に達するのは難しいのですから立派ですよ。
だけど、面接試験をすると、「学生の質がどうも違う…」と現場の管理職が感じるようなのです。2次面接になると、求めている学生とはあまりにも違うから、次々と不採用にしていかざるを得ない。3次面接が最終となりますが、そこには社長や役員が並ぶ。
最終面接で社長たちがじかに確認するのは、わかりやすくいえば、学生たちが「仕事をとるか、プライベートをとるか」なのです。あくまで、1つなのでしょうね。もちろん、内定を与えるのは「仕事」を選んだ学生みたい…。これがあの会社の社風や現在の役員、管理職の9割以上の考えか、と思います。おそらく、一般職の7割も「仕事」を選ぶでしょう。労働組合の組合員の大半も…。創業時から、業界でも有名な強力な営業で業績を伸ばしてきたいきさつがあり、上から下まで硬派な体育会系の文化が浸透しています。それで現在も大きな問題はなく、進んでいるんでしょうね。あえてユルイ感覚の学生を採用しなければいけない理由は、実はないのだと思います。
だけど、ウェブサイトを見てエントリーする学生の9割がユルイ感覚だから、最終面接前で大量に落とす。最終面接になんとか、20人程を送り、約15人に内定を出しているようです。しかし、内定辞退が2年で5~8人いたり、入社後、1年以内に辞めるのが3~5人いる。今は、このウェブサイトを通じての採用に「本当に意味があるの?」といった声が人事部にあるみたいです。「相当なコストを払い、人事部の担当者を数人つけてまで対処する理由はないんじゃないの?」といった趣旨を担当役員も会議で言い始めていると聞きます。
つまり、ウェブサイトを閉鎖することを考えても、自社の経営風土をあらためようとはしないのでしょう。もう、採用のあり方が変わりつつあるんじゃないでしょうか?かつてのように「母集団形成」と称して、数千人規模の学生を集め、正式にエントリーさせるように仕向け、複数回の面接などで10∼20人を採用する。そこまでテマヒマをかけても、3年以内に次々と辞めていく。早期に戦力になるのは、ごくわずか。壮大な無理、無駄が繰り返されている。人事部などの感覚が、完全にマヒしているんですよ。
ここ10数年で起業したベンチャー企業の経営者や役員は、そんな会社を冷めた思いで見ているんじゃないかな。一流の大企業やメガベンチャーは依然として、大量の学生を集め、シビアにふるいにかけていくんでしょうけど。ほかの大企業や中堅、大多数の中小企業なんて無理でしょう。もともと、無理だったけど…。学生数が大幅に減り、売上も伸び悩むから、採用コストもシュリンクしていかざるを得ない。お金も時間もかけることが難しくなる。
最近、スタートアップした会社は社内外の状況に応じて、必要な人材を適性と思える人数雇うことをしているはずです。新卒の大量一括採用するお金も時間もないし、そんなことを考えていない可能性が高い。
「なぜ、1人を採用するのに1人の応募者ではだめなのか?」
その疑問や考えこそが正しいし、価値があるものだと私は思います。そこをスタート地点にして採用に取り組む会社は、人事の考えとしてエッジがきいていて、パイオニア的な存在なのではないでしょうか。少なくとも、大企業やメガベンチャー企業の後追いをしている会社よりは、はるかにマトモですよ。小さな会社なんて、大企業やメガベンチャー企業とは完全に別世界なんですから。
今や、大企業とはいっても、そこには大きな差があります。すべてを底上げするような経済力はもうない。ダメな会社は、ついていけなくなります。このクラスの大企業も大量の時間とコストをかけて、数千人を集め、10数人を雇い、実は戦力になるのはごくわずか。そんなことをするために、説得力のないウェブサイトをつくり、採用活動をしているなんてナンセンスじゃないでしょうか。会社に透明性や客観性、一貫性が強く求められる時代。その認識がまるで足りないように思いますね。
文/吉田典史