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「リーダーはつらいよ」シリーズ、初の社長の登場である。東京都大田区の従業員11人の町工場。社長は文字通りリーダーであり、会社経営のつらさが身に染みているに違いない。
シリーズ第22回 豊樹脂株式会社代表取締役の大山茂樹さん(47)。プラスチックと樹脂はほぼ同意語だが、会社はプラスチックの板加工の職人だった父親が、町工場が集中する大田区に1970年設立。大山さんは2代目社長だ。プラスチック板の曲げ加工をはじめ切削、組立、接着、溶接を手掛ける。JR蒲田駅に近い1階が工場、2階の事務所を訪ねた。
新型コロナウィルスの流行で、一躍脚光を浴びた飛沫感染防止用のアクリル板。プラスチックの一種、アクリル板の曲げ加工が得意な豊樹脂にとって、デスクやテーブルを仕切るアクリル板の製作は容易かった。工場の生産ライン等に、組み込まれる部品を生産してきた会社にとって、直接ユーザーに届く製品の発売は、会社創立以来の快挙といっていい。さぞやコロナ禍の中で、特需に潤っていると思いきや、大山社長の表情はいささか冴えない。
「そんなに儲かってませんよ」
大山社長はアイデアマンで、同業他社に先駆け自社のプラスチック加工技術の画像をユーチューブにアップしたりもしている。製品名「飛沫感染防止パーテーション」の当初のバリエーションは、1200mm×800mmのアクリル板を最大に4種類。値段は9000~7000円。
アクリル板を立てる二つの三角形の台は、得意とする樹脂の折り曲げ技術を駆使して、テーブルと接する面を広く加工し、安定性のあるものにした。さらに飛沫感染防止のパネルには違和感もある。打ち合わせ際、書類のやり取りも必要だろうと、A4サイズの書類が交換できる窓をアクリル板の下に開けた。
3月中旬、大田区役所に納入し、それがテレビや新聞に取り上げられると、問い合わせの電話が事務所に殺到した。オフィス、飲食店、病院の受付、ホテルの受付等、口コミでも広まり、急きょ製作した「飛沫感染防止パーテーション」すぐに品薄になった。
――新型コロナウィルスの特需ですね。儲かりましたでしょう。
「よくそう言われますが、そんなに儲かっていませんよ。僕らがアクリル板を仕入れる大手樹脂メーカーは、コロナ禍で売り上げが上向いたでしょうけど、僕らはぜんぜん」
雨後のタケノコのように乱立
というのも、「飛沫感染防止パーテーション」は台の上にアクリル板を乗せたシンプルな商品だ。豊樹脂のようなプラスチックを扱う中小零細企業は全国に何万とある。
特許の縛りがある製品でもない。売れるとなれば、「うちでも作れるじゃないか」と名乗りを上げる企業が続出した。ネット上では飛沫感染防止のためのアクリルパネルを用いた商品が、雨後のタケノコのように乱立したのだ。
「緊急事態宣言が解除された5月末には“うちのオフィスのデスクとデスクを仕切るのは、こんな形でこんなサイズが欲しい”と、お客さんに要望してもらうようになりまして」
――競合他社との差別化が必要になった。そこで、「飛沫感染防止パーテーション」のオーダーメイドにも、応じているというわけですね。
「お客さんのところで出向き、寸法を測って、お客さんの使い勝手のいい製品を作り、設置までやりますと」
そもそも80年代後半のバブルの頃まで、中小零細の町工場は、国内の大手企業から大量の下請け仕事を受注し、それなりに潤っていた。ところが中国が世界の工場として発展すると、それまであった下請け仕事は中国での現地調達に切り替わり、中小零細企業の置かれた状況は、厳しいものとなっていった。
豊樹脂が得意とする、プラスチックの板を曲げたり削ったりする加工は手作業が多い。この種の加工を扱う会社が少ないニッチな分野だ。仕事は多くないが、競争相手も比較的少ない。大山社長のモットーは行動力だ。会社を維持し、従業員の生活を守るため、自社をアピールするセールスは欠かさない。
メーカーの生産ラインへの売り込むなら、「金属製の部品を樹脂に換えませんか」と、プラスチックを折り曲げ加工した見本を取り出す。
「これブロックを削り出したり、成型機で加工したんじゃないの?」
「いや、板を曲げて作れるんですよ。これならコストダウンに繋がります」
そんな感じのセールストークだ。
世の中のためになる製品だから
――「飛沫感染防止パーテーション」と、同じような商品が数多く販売されている現状では、
付加価値に注目が集まります。
「お客さんのところに足を運べば、今必要なニーズを聞くことができる。それがアイデアにつながります。例えばパネルを立てるのに三角形の台を使っていましたが、これを箱型の形状のものに換えることもできます。飲食店なら箱の中に調味料を入れたり。しゃれたレストランや喫茶店、美容院ならこの箱に土と花をセットして、ちょっとしたプランターにしたり」
――しかし、過当競争はどうしても、価格競争を意味していますよね?
「“いいものを作ってくれた”とお客さん言ってもらえる半面、自粛が続く飲食店さんは“お金がないんだよ”と…」
せっかく製品として世に出した「飛沫感染予防パーテーション」である。ウィズコロナの時代は長く続きそうだ。世の中のためになる商品である。価格競争の波にのまれることなく、付加価値とサービスで、会社の一つの柱にしたい、大山社長はそんな思いを抱いている。
中小零細企業の後継者問題が、世間で取りざたされているが、豊樹脂代表取締役の大山茂樹にとっても他人事ではない。高1を頭に3人の子供がいるが、会社を継いでほしいとは子供たちに言えない。「継いでくれたらうれしいですが、こればかりは…」
できれば子供から、3代目は自分がやりたいと言える会社に育てたいという、そんな社長の思いも「飛沫伝染防止パーテーション」という製品から、伝わってきたのだった。
取材・文/根岸康雄
http://根岸康雄.yokohama