「若手社員のホンネ」で現場の社員の本音を、「リーダーはつらいよ」で現場のリーダーである課長たちの奮闘ぶりを紹介してきた。平社員、課長と紹介してきたのだから、部長の話も、ぜひ聞きたい。そこで新たに始まったのが、この新シリーズ「部長のヨワネ」だ。
部長ともなると経営の中枢に参画するポストで発言も重みを増す。取材に応じてくれる企業は狭まるが、部長も伝えたいことはあるはずだ。今回はアートネイチャーの部長が取材に応じてくれた。
「部長のヨワネ」シリーズ第1回は株式会社アートネイチャー 執行役員 外販商品営業部長 藤岡毅純さん(59)。アートネイチャーは増毛やカツラ(ウィッグ)で知られているが、藤岡さんが率いる外販商品部の主力商品は増毛用ヘアパウダーと、主に白髪を染めるヘアカラートリートメント。藤岡部長は自ら増毛用パウダーのテレビCMに出演している。頭にパウダーをかけるテレビCMでの笑顔は、芸人かと見間違えるが、大手銀行の支店長を務め5年前、54歳でこの会社に入社している。
話は銀行時代のことからはじまる。
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「努力って何ですか⁉」
藤岡毅純が大手の銀行に入社した昭和59年。バブル期の前夜である。
「当時は“24時間働けますか”という時代で。朝早くから夜は11時近くまで、フルに仕事をして。持ち帰り仕事もありました」
思い出すのは入社1年目、朝から晩までノルマを達成しようとお客を回ったが、結果につながらなかった。「藤岡、お前努力しているのか⁉」当時の上司にそう言われ、「努力しています。朝から晩までこれだけ回ってますよ」とリストを示し、「努力って何ですか!?」と若干、口をとがらして聞いた。すると、上司は一言、
「簡単だ、努力ってのは預金を取ってくることだよ」と。
やみくもに頑張るのではなく、目標達成のためにはどうすればいいか、よく考え筋道を立てそれを実行し成果を上げる。上司に教えられた努力の意味は、今も仕事をするうえで藤岡のベースになっている。
お客のもとに通い、胸襟を開いて悩みを聞ける信頼関係を築き、経営者ならその悩みに応じた提案をする。それが銀行時代の基本的な営業スタイルだった。
支店長は中隊長、みんなで前進
「支店長は一つの夢でしたね。支店は営業部隊の最前線であり、支店長は中隊長です。中隊長として組織運営に携わってみたいと、サラリーマンの多くは、そう思うでしょう」
藤岡が銀行の支店長に昇進したのは、43歳の時だった。中隊長たるもの、各小隊をまとめて同じ目標に向け、前進していかなくてはならない。ところが、
「支店長は孤独です。部下は本音を言わない」と、藤岡は当時を振り返る。
うまくいっていると思い込んでいたが、ある時、課長への不満が渦巻いている噂を耳にする。驚いた彼は本店の担当者に要請し職員の面談を行なう。すると、「課長は業務を丸投げして面倒を見てくれない」等、不満が噴出した。
そこで藤岡は職員を集め、「皆さんが不満に思っていることを気付けなかった、僕の至らなかった点だ。申し訳ない」と、頭を下げた。同時にやり玉に挙がった年上の課長にも、フォローしきれなかったことを詫びた。
「今度の支店長、何でも聞いてくれそうね」支店のリーダー的な女性が、藤岡への好感を喧伝してくれたこともあり、それ以後は職員が一丸となれたと実感を抱いている。
みんなで和気あいあい話し合い、意見を出し合いながら数字を作っていく。中隊長として藤岡がイメージするのはそんな職場環境だ。
二つの選択に一般企業をトライ
支店長として3つの支店を歴任し、最後は80名ほどの部下を持った。ポストを上り詰めれば、経営中枢への昇進の目があるかどうか、サラリーマンなら察しが付く。ラインから外れ、ある程度の年齢に達すると、銀行での選択肢は二つに絞られる。銀行の関連会社にそれなりの役職で赴くか、銀行と親密な取引先のある会社に志願をするか。
「これまでの繋がりが継続する銀行の関連会社を選ぶ人は多いですが、僕は新規のお客さんを取るために、メーカーや卸し等、いろんな会社を回った。その経験からサラリーマン最後の10年は、銀行とまったく違う会社で仕事をしてみたいと。一般の企業にトライする先輩や同僚に、憧れていました」
そんな彼のもとに、「アートネイチャーさんから声がかかっているけど、どうだ?」という話がもたらされる。「トライさせてください!」藤岡は二つ返事だった。
数字から異常値を発見
――藤岡さんの採用は、取引銀行とのパイプを太くする意味合いがあるのでしょうか。
「いや、この会社は財務基盤が盤石です。銀行資金からの資金調達は必要ありません」会社として、主力の取引銀行からの経営幹部の招へいが、恒例化しているのであろう。
「当初は管理部門で、総務や人事の運営をするものと思っていたのですが、代表が“彼は管理部門ではなく営業だろう”と」
――銀行出身ですから、数字を見るのは慣れているし、得意ですね。
「銀行時代はいわゆる財務諸表を勉強していましたから」
適正な在庫の数量とは、利益を求めるための仕入れの原価、販売価格、商品を卸す業者とのコミュニケーション等、それらの観点から数字を精査すると、異常値がかなり見つかった。
言いにくいこと、嫌なことから先に報告する。それは平社員でも部長でも同様の原則だ。受け持つ部署の長として、藤岡は経営中枢に報告をした。
「在庫が過多になっている」
適正在庫とは言えない現状、それが大きな問題の一つであった。さて、藤岡部長はどのように打開していったのか。その手腕は明日公開の後編へとつながる。
取材・文/根岸康雄
http://根岸康雄.yokohama