音楽プロデューサーの岩田由記夫さんは、僕のロックとオーディオの師匠だ。80年代前半のFMレコパル編集部在籍時に始まり、そろそろ40年のお付き合いとなる。岩田さんはロックの造詣も深いが、それだけなら少なからぬロック評論家も存在する。凄いのは、ロックをS級オーディオ機器で聴くところだ。かつてはJBLのK2とFMアコースティックのプリ&パワー、昨今はDSM(アンプの一種)とスピーカーはLINNの最高峰KLIMAX EXAKT、アナログプレーヤーはテクニクスのSL−1000R、今年になってCDプレーヤーにエソテリックのGrandiodoK1X(税別280万円)+専用電源PS1(税別120万円)+アコースティック・リバイブの電源ケーブルや接続ケーブル、タップ類(総額100万円超)を導入した。自宅の庭にはマイ電柱が立っている。
通算投入総額9桁! かように岩田さんは常人の理解を超えた世界に入っているのだが、岩田さんに限らず世には凄まじいオーディオマニアがいる。スピーカーやアンプを自作したり、部屋を完全防音にしたりと、フェラーリやカウンタックのオーナーでさえ可愛いと思えるレベルだ。車は公道を走るし人目もひく。かたやオーディオは自己満足、いや失礼、自己完結、第三者の目も耳も意識しない自分だけの世界だ。ただしオーディオマニアが聴く音楽は、ほとんどがクラシックかジャズ。ロックを聴く人は激レアだ。岩田さんはS級オーディオで、レッド・ツェッペリンやニルヴァーナ、イーグルス、さらには僕には全く興味が湧かない最新の音楽シーンまで聴いている。何度か誘われてS級の音を聴かせてもらったが、毎回、本音は行きたくない。岩田オーディオは耳の毒で、帰宅後はマイ・オーディオがプアに聴こえてしまうのだ。
というわけで僕がオーディオを買う際は、岩田さんの意見を大いに参考にしている。現在のシステム、入り口=カートリッジから出口=スピーカーまで全てLINNも、岩田さんのアドバイスによる(僕はレコードしか聴かないので、CDプレーヤーは持っていない)。
オールLINNに、テレビとBDレコーダーを加えたマイ・オーディオ。
さて2年ほど前、オーディオシステムに映像も組み込もうと、テレビとBDレコーダーを加えた。薄型テレビはフレームが太くて画面下にスピーカーがある機種が当たり前の00年代から、細いフレームのスタイリッシュな機種が主流の昨今になると、音が聞こえにくくなった。特にドラマの小さな声は顕著だ。ボリュームを上げればいいだけのことかもしれないが、そうするとCMで突然音量が大きくなることがあり不快だ。
そこでBDレコーダーの音声をテレビにHDMI入力し、テレビからLINNのDSMにHDMI入力すれば、LINNのスピーカーから音が出るので不満解決になる、はずだった。ところがテレビの音は出るものの、なぜかBDレコーダーの音が出ない。ドラマはほとんど録画して見るので、これでは用を足さない。そこで、サウンドバーを購入した。機種はBOSEのSOLO5 TV(税込33000円)だ。音声を聞き取りやすくするモードもあり、かなり改善された。それでもドラマのセリフが聞き取れないことはままあり、その都度巻き戻し・再生するが、それでも同音量では聞き取れない。ニュースやスポーツ中継、情報番組は声を大小する必然がないが、ドラマでは声の大小によるニュアンスも重要なのだろう。とは思うが、テレビで見る映画では聞き取りに困ることがあまりないような気がする。何か録音上の違いがあるのだろうか。
Play:5の外箱。パッケージも本体も洗練されたデザインだ。
そんなある日、岩田さんからアメリカのSONOSなる存在を知らされる。2005年に第1号機ZP100(スピーカー&コントローラー)を発表したアメリカの音響メーカーで、主な製品はネットワーク音楽再生機器だ。2018年秋に日本上陸、販路は公式サイト、Amazon、蔦屋家電、セレクトショップのビームスなどと限られていて、量販店等では目にしない。岩田さんのお勧めはPlay:5(税別58800円)というスピーカーだった。だがサイトを見ると、Beam(税別46800円)というサウンドバーがある。しかも特徴として「アカデミー賞を受賞したサウンドエンジニアたちが設計に携わったBeamは、人の声が強調されるよう微調整されているので、セリフもしっかり聞き取れてストーリーが楽しめます。」と謳われている。心が動いた。
Beamとテレビの接続はHDMIだ。BOSEは何だったかと背面を見ると、光ケーブル。と、その時閃いた。LINNのDSMも光ケーブル対応だ。ならば、テレビとDSMを光ケーブルで繋げば!? 結果はコロンブスの卵というか、棚からぼた餅というか、正しくは“我、衰えたり”だ。こんなことに、今頃気づくとは……。これで全て解決した。テレビの音もBDレコーダーの音も、LINNのスピーカーから出てくる。音質は価格差上当然ながら従来よりもはるかに向上し、音が小さなセリフもぐっと聞き取りやすくなった。もはや、Beamを購入する必然はない。
閑話休題。僕はオーディオ黄金時代の、70年代から80年代前半に青春を過ごしたせいか、今でも音へのこだわりは強い。だが残念ながら、原稿を書く部屋には、オーディオはない。iPhoneから出る音では、さすがに聴く気にならない。すっかり気に入っているAirPods Proで聴くアップルミュージックに不満はないが、家でイヤフォンをつけて音楽を聴くなんて、往年のオーディオ少年の魂が許さない。というわけで各社から出ている、Bluetooth対応スピーカーは気になっていた。
さてBeam購入はなしとしたその時、岩田さんの悪魔の声が蘇った。「SONOSのPlay:5の音がいいのは、ワイヤレスがBluetoothではなくWiFiだから」。BluetoothよりWiFiの方がどうして音がいいのか、理論的なことはわからないが、イメージ的には誰でもそう思うだろう。僕も同様だ。改めてSONOSのサイトを見ると、いくつかのWiFiスピーカーがラインアップされている。
その中で目を引いたのが Move(税別46800円)だ。充電して外に持ち出せて、雨や雪にも強い耐候性を備える。家ではWiFiを使うが、WiFi環境にないアウトドアではBluetoothを使う。何とも賢いスピーカーだが、ということはSONOS的には万全の自信を持って、音質的にはWiFi>Bluetoothと主張していることになる。このMove、Play:5より12000円安いし、3.36kg軽いし、小さいし、僕の部屋に最適のスピーカーだと思った。その気になれば、釣り船でも聴ける。しかし、再び岩田さんの悪魔の声が囁く。「充電できないし耐候性もないのは、Play:5 の方がそれだけ音にお金をかけている、つまり音がいいということ。2台持てばステレオの左右スピーカーになるし、ジャイルズ・マーティンが音決めに関わっている」。
Play:5は縦置きではモノラル、横置きにするとステレオ、そして2台を縦置きにして使うとステレオになる。ジャイルズ・マーティンはビートルズのプロデューサー、ジョージ・マーティンの息子で、2018年の『ホワイト・アルバム』や2019年の『アビー・ロード』のリミックスを手がけた人だ。
元オーディオ少年に、「音がいい」は殺し文句だ。かくしてPlay:5購入と相成った。さてどのくらい音がいいのか。まずはLINN一式オーディオと比べようと、上の画像の場所に置いて聴いたが無謀だった。聴き比べるもなく、一聴瞭然。岩田さんのS級オーディオの足元にも及ばないが、僕の7桁オーディオも常人からすれば相当なシステム。これで聴く最も音のいいレコードとされるマト1と、5桁スピーカーで聴くアップルミュージックに大差がなかったら、オーディオの世界が成り立たない。
設計者が見たら泣きたくなる置き方かもしれないが、我が部屋ではこれ以外に置きようがない。
原稿を書く部屋で聴くことにしよう。音楽は原則、正面から聴くものだ。つまり人間の前にスピーカーを置く。だが僕の机は壁に面していて、Play:5のサイズでは僕の前に置けない。置き場所は、机の斜め右後ろにあるワインセラーの上となる。しかしそこにはプリンターがあり、スペースの3分の2を占めている(他にプリンターを置ける場所はない)。残るスペースは、左右23cmだ。よってスピーカー横置きのステレオ再生は諦め、縦置きのモノラルで聴くしかない。ただし設置位置的には、ステレオよりモノラルの方がベターな気もする。
と、こんな環境で聴いた。曲はBOSEのイヤフォン、QuietControl 30(税込35200円)で聴き、アップルミュージックながらその低音のすごさに驚いたユーライア・ヒープの『ライブ』から、名曲「7月の朝」だ。感想を一言でいうと、スピーカーが勝ちすぎている。Play:5の能力がアップルミュージックの持つ全ての力を引き出し、その限界を露わにしてしまう。QuietControl 30ではあんなに際立った低音に凄みがないのだ。アップルミュージック側から見れば、QuietControl 30はベスト・パートナー、Play:5が相手では荷が重い、そんな印象になる。
Play:5で聴くなら、Amazon Music HDやmora qualitasなどCD音質以上の音楽配信を利用しないと、宝の持ち腐れ感がある。逆にCD音質以上の音源なら、相当いい音が期待できる。ただし、僕はアップルミュージックで十分。毎月約2000円は痛いし、アップルミュージックなら娘の家族加入で料金0円だ。後方から流れるモノラル再生を“ながら聞き”するには、Play:5は十二分にいい音でもったいないほどだ。
あれ、だったらMoveで十分だったような!? 小さいから机の上=僕の前にも置けるし。やはり僕が聞いたのは悪魔の声だったかな……。
文/斎藤好一(元DIME編集長)