中間管理職の仕事ぶりを紹介していくシリーズ、新型コロナウィルス禍で、チームをまとめる課長の皆さんもご苦労されていることであろう。この連載を通して中間管理職の方の責任感の強さ、部下を育てようとする熱い思いをヒシヒシと感じてきた。ニッポンの課長さんは大したものである。そんな課長さんにエールを贈る思いを込めて。
シリーズ第23回は株式会社丹青社 コミュニケーションスペース事業部 プロジェクト統括部 制作部 制作課 課長 田中勇太さん(43)。丹青社は商業空間やイベント等の文化空間の調査・企画、デザイン、設計、制作、施工、運営までのプロセスを一貫してサポートする会社。日本のディスプレイ業界の最大手のひとつだ。建築科出身の田中さん、建物の外観より内部の制作に興味があった。
デザイナーチームの思いをどう実現するか
「新入社員で配属されたのが、イベント空間を制作するこの部署です。他の部署に異動することなく、今に至っています」
田中課長の部署が行う主な仕事は、お客が希望し、デザイナーがそれに基づいて描いたプランを具体的に形にすることだ。限られた予算や工期を考慮し、部材や施工方法等を決め、制作会社に施工図を依頼し、安全性を担保したうえで、協力会社と制作の調整をする。現場監督も担うが、前段階として打ち合わせを重ねる調整業務のウェイトが大きい。
若い頃の部署の上司は、「まず現場に行ってモノを見ろ」という指示が多く、イベント空間等の制作現場によく通った。
「現場の整理整頓や資料作り。地方の現場で近くに店がない時は業者に弁当を頼み、現場に配達してもらって。注文の数を間違えて、お客さんの弁当が足りなくなったこともありましたね」
30代で印象に残る仕事は2012年、ZOZOTOWNが幕張メッセの3ホールを使い、開催したファッション展示会「ZOZOCOLLE」だ。EコマースのZOZOTOWNの初めてのリアルイベントだった。
多種多様なブランドのイメージを社内のデザイナーチームは「コンテナで表現したいです」と提案した。彼らの思いをどうすれば実現できるか。
駐車場のトタンの屋根によく使われるガリバリウム鋼板を用い、光沢のない黒を基調にコンテナ風のブースを会場に配し、価格とクオリティを両立させた。
通販サイトと連動した商品をプロジェクターで映し出す、映像演出を取り入れたが、「えっ、そんなにでかいの…」制作に携わる田中が、いささか驚いたのが高さ約8m横20mのスクリーン。イベントでよく使われるトラスというシステム部材と木材を使い、会場の空間に巨大スクリーンを実現させた。
事前の綿密な打ち合わせを経て、会場の幕張メッセでは3日ほどで完成させた。インスタ映えするいい雰囲気の会場になったと、彼は自負している。
ベテランの部下は頼もしいのだが…
田中が今のポストに就いたのは、このイベントの少し後だった。現在、組織上の部下は3名だ。近年ではどこの職場も、部下が年上ということも珍しくなくなった。彼の部下の一人は60代で、田中が入社した当時の大先輩である。部長まで昇進し役職を外れ、今はエキスパートとして田中の下で仕事をする。
大先輩は体も大きく声もでかい。よく食べて実にパワフルな人だ。経験豊富なベテランで、培った協力会社や制作会社のネットワークを生かして、どんどん仕事を進める。上司としては実に頼もしい部下なのだ。
一方で、ベテラン部下の仕事への思いが、お客やデザイナーと違う方向に行かないか、田中は常に意識をしている。例えば、高級感のある書店のお客に対して、デザイナーは店舗の床を大理石にすることを提案し承諾を得た。施工の担当になったベテランは、大理石は高価だしツルツル滑る。それより大理石に似た人工のものを使えば、リーズナブブルで滑り止めの加工もできると考えた。
実に筋が通った発想だ。だが、変更するにはサンプルを比較し実験して、承認を得るプロセスを経なければならない。それを省くとクレームにつながる。お客にすれば機能的かもしれないが、イメージしたものと異なるではないかと。お客の同意なく勝手に変更して工事を進めると後々、床を大理石にやり直せとクレームが入った場合、それに従わなければならない。工事をやり直さなければならなくなったら当然、田中も上司から叱咤される。
彼は言葉を選び、「事前に言ってください。お願いしますよ。その辺、丁寧にしましょう。一歩引いた目で見て、承認のステップを意識するようにしましょうね」次への改善点として、そんな言葉をかける。田中の指摘に対して、大先輩の“やっちまったな…”という反省の気持ちは伝わってくる。
時として、「田中さん、お客様への承認のほうは頼むよ」と、ベテランの部下から要望されることもある。「わかりました。その手順は私が引き受けましょう」と、部下をフォローするのも課長の仕事だと、田中はうなずく。
職人気質はこの会社ならでは
年齢を重ねると、ますます職人気質になっていくのは、彼にもよくわかるのだ。
部下には50代の先輩もいる。この先輩も誰もが一目置くスペシャリストだ。
会社は看板の付け替え工事も業務にしている。“サイン”と呼ばれているこの仕事は、例えば銀行が統合して看板を付け替える時は、受注した広告代理店から会社が仕事を受けて、何十店舗の看板付け替えの施工を担当する。ベテランの部下はこのサインの仕事に長けている。エキスパートなのだ。
行政への申請、看板は金属製か、アルミ製か。発光面は布のようなものか、アクリルのような樹脂か。ベテランの部下はサイン制作のノウハウに熟知している。この手法が得意なのはA社、これならB社と業界にも精通している。
サインの仕事はベテランに任せておけば間違いない。安心である。いい仕事をするのだが――その一方で、職人気質の持ち主でもあるのだ。
明日公開の後編では、ベテランの職人気質に、いささか往生させられるエピソードからはじまる。実はかく言う田中課長も、ものづくりの会社ならではの職人気質を、うちに秘めているのだ。そのことも後編で詳しく。
取材・文/根岸康雄
http://根岸康雄.yokohama