サル山には個体の優劣に応じて順位がある
68匹の群れの中で最年長は、メスのミドリで33才。ミドリは娘のスボヤと仲良しで、毛づくろいをしたり娘の面倒をよく見る。スボヤにも子供がいるが、人間のように孫を可愛がることはない。メスは生まれた群れを生涯出ないので、母と娘の関係は続くと思われている。
子ザルは生後4〜5ヶ月で固形物を食べるようになり、母親から離れ、年代の近い子ザルと遊ぶようになる。その関係は大人になっても続く。
「群れのオスには、優劣によって順位があります。順位があるのは深刻なもめ事を起こさないためです」オス同士ではケガをするようなケンカを避けるため、強いほうが威嚇の声を上げ、弱い個体が謝りの声を上げる。
野生のニホンザルでも順位はある。だが、野生のオスは次々に群れから離れてハナレオスとなるが、動物園のサル山には移動がない。オスの順位は固定され、目立って強い個体と弱い個体が出てくる。
サル山ではソリが合わない個体同士が、出会う機会が多くなるわけだから、もめ事は多いが順位がはっきり決まっているので、ケガをするようなケンカはあまりない。中にはまれに交尾期に気が立って、メスを噛んでしまう個体もいるが、群れから分けることはしない。大人のオスザルを分けると、その個体は永久に群れに戻れなくなってしまうからだ。
「特別な個体はいません」
野生のニホンザルの群れでは、成長したオスザルは群れから離れてハナレザルとなるが、そんな野生のサルが多摩動物公園のサル山の近くに、出没したことがこれまでに何回ある。いずれも秋の発情期直前か、発情期間中だった。メスを求めて移動したハナレオスと考えられる。
ある時、サル山に飛び込んだハナレザルがいた。「僕が来る前のことですが、そのサルは殺されたと言います。ハナレザルが群れに近づくと、群れのオスが敵対的な反応をするのは、野生の中でも自然に起こることです」
ニホンザルの鋭い犬歯はかなり危険だ。年に一度、サル山のニホンザルを全頭捕獲する。破傷風の予防接種、結核の検査、体重測定、ケガの治療、採血、メスに不妊のためのホルモンを皮下に埋め込む処置をしたり、「飼育下では健康管理は当然です。部屋に追い込んで網で捕まえていきます。サルの腕を持って頭を抑える」サルにとって、年に1度の捕獲は相当なストレスだろうが、飼育員もかなり危険な作業に違いない。
「サル山で何を見るのかは、お客さんの視点によります。子ザルを見るのか、母ザルの子育てを見るのか、強いオスを見るのか。いずれにしろ、僕ら飼育員には特別な個体はいません」
そんな由村飼育員の言葉には、サル山の飼育担当としての一つのスタンスが感じ取れる。
明日公開の後編では、ニホンザルの飼育でもっとも大事なことの一つ、“ニホンザルとの距離感”を詳しく解説する。サルの被害が社会問題化している昨今、飼育員のサルの飼育の仕方は、野生動物との付き合い方を私たちに教えてくれる。
取材・文/根岸康雄
http://根岸康雄.yokohama