■連載/ヒット商品開発秘話
牛乳と相性のいい食べ物といえばパン。いま、パン好きの間で話題になっている牛乳がある。カネカが開発し、グループ会社のカネカ食品が販売している『パン好きの牛乳』のことだ。
『パン好きの牛乳』は2018年4月に発売。パンの美味しさを引き立てる生乳本来のコクと、パンの風味を邪魔しないスッキリした後味が特徴である。姉妹品の『パン好きのカフェオレ』と合わせて、2020年1月末時点でシリーズ累計100万本の販売実績を持つ。
酪農家の支援とベーカリー業界への恩返し
カネカといえば、日本を代表する化学メーカー。牛乳をつくったことを疑問に思うかもしれないが、実はカネカの売上の約4分の1は食品事業。1949年の創業から食品とは無縁ではなく、現在は主に製菓・製パン業向けに材料を提供している。
これまでは業務用で展開。だが2018年4月、カネカは一般消費者向けの乳製品事業に参入する。
乳製品事業の参入には、酪農家を支援するという想いがあった。日本の酪農家は後継者不足や労働力不足から減少しており、生乳量の減少など大きな課題に直面している。原料として乳製品を仕入れているカネカにとって、酪農業の危機は看過できなかった。
そこで2017年4月頃から、カネカは乳製品事業参入に向けたプロジェクトチームを立ち上げ準備を進めた。この事業の第一弾商品が『パン好きの牛乳』。パン好きにフォーカスしたのは、パンがブームになっている裏側でベーカリーが少しずつ減少しているという現実があったためであった。
パン好きは濃すぎる牛乳を好まない
『パン好きの牛乳』開発に当たり、消費者調査やパン愛好家を集めたグループインタビューを実施。調査から大きな発見を得ることができた。
それは、牛乳が濃すぎるとパンの美味しさが消えてしまうということ。パンの美味しさを味わいたいパン愛好家からすると濃すぎる牛乳は好まれない傾向があることがわかった。
カネカのFoods & Agris Solutions Vehicle 乳製品事業開発 Strategic Unit 販促企画チーム チームリーダーの天川隼人氏は次のように話す。
「牛乳について『パンの味が消えて何を食べているのかがわからなくなる』という声が、結構聞かれました。濃すぎる牛乳を好まない人たちが一定層いることから、このような人たち向けに、後味がスッキリしつつもコクが感じられる牛乳をつくることにしました」
そして、調査からもう1つわかったことがあった。それは、牛乳を飲むときにパンを食べる割合は7割に達するものの、パンを食べるときに牛乳を飲む割合は3割しかないこと。パン好きはパンを食べるとき、牛乳以外のものを飲む方が多く、見通しは厳しいとみることもできたが、カネカは「市場開拓できる可能性が高い」と判断した。
志が同じ者同士が組んで開発
『パン好きの牛乳』では北海道産の生乳を使っているが、酪農業を営む別海ミルクワールド(北海道別海町)から調達している。乳製品事業の立ち上げプロジェクト開始から探し始めて見つけた酪農家で、プロジェクト開始から約半年後に契約した。
契約したのは、考え方がカネカと近く「志」が感じられたからであった。天川氏は次のように話す。
「別海ミルクワールドは『美味しさをお客様にダイレクトに届けたい』という想いを強く持っています。美味しい生乳をつくることのこだわりが強いです。そして私たちには、『美味しい牛乳を届けたい』という想いがあります。別海ミルクワールドと私たちは志が近く一緒にやっていけると考え、パートナー契約をすることにしました」
後味がスッキリしつつコクが感じられる牛乳にするポイントは、生乳の加熱殺菌にあった。殺菌にはベルギーの乳業メーカーであるPur Natur(ピュアナチュール)社の技術を用いた。
ピュアナチュール社とカネカは2018年1月に技術提携。技術提携は「志」がカギになった。天川氏は次のように話す。
「ピュアナチュール社の乳製品はすべてオーガニック。ベルギー国内の酪農家と直接契約し、オーガニックな生乳を使い『最高に美味しい商品をつくる』という考えのもと、乳製品をつくっています。私たちが酪農家から直接生乳を仕入れて乳製品をつくろうとしていることと似ていて共感できたことから、一緒に取り組めないかと考えました」
カギとなる加熱殺菌は、殺菌の前段階に秘密がある。温度を細かくコントロールした上で生乳を加熱殺菌している。
ただ、コントロールを誤るとスッキリした後味が生まれない。製造委託先では繊細なコントロールができないことから、生産設備を改造したほど。調整を繰り返し、発売直前まで試作をつくっては検証を重ねた。